Einsame Menschen (2)

パウル・フォン・オーベルシュタインは、オーベルシュタイン子爵家の嫡子であり、ただ一人の推定相続人である。彼が父から結婚を命じられたのは、この3月に帰郷した折りのことであった。19歳の彼は、士官学校の卒業を間近にひかえていた。

父は常のとおり学業・訓練の状況について報告を求めた後、卒業後の配属先の希望を息子に質した。

「宇宙艦隊の参謀職を考えています」

「ならん、死にたいのか。軍務省の内局にせよ」

オーベルシュタインは意外感を持って父の言葉を聞いた。彼とて進んで死にたいわけではないが、「劣悪遺伝子の保有者であればこそ軍人となって国家に奉仕せよ」と、自分を幼年学校に入学させたのは、他ならぬ父である。本来ならば生きるに値しない命を生かされたのだから、一命を持って報いるべし。父はそう言ったはずだ。さればこそオーベルシュタインは、前線勤務を希望することが父の意向に沿うものと考えていた。

帝国軍の士官学校では毎年6500名程度の士官が育成される。配属先の希望は席次が上位であるほうがとおりやすく、成績優秀者は当然のように艦隊勤務を希望した。戦時が140年も続くなか、武勲を立てる機会がそこらじゅうに転がっている前線は、自らの能力を恃む若者にとって魅力的な場所である。

オーベルシュタインは席次を5位より下げたことがない。歴とした成績優秀者であることは、父も承知しているはずだ。それを「内局にせよ」とは。武人の美学などというものを臆面もなく信奉する父の言葉とは思えなかった。

「内局を希望して、命を惜しむのかと侮られるのは不本意です」

オーベルシュタインは父の真意をはかりかね、敢えて父の好みそうなことを言って反撃を試みた。が、返って来たのは、想像の域を遥かに超えた逆撃であった。

「パウル、お前は子爵家の跡継ぎとしての自覚が足りぬな。前線へ出るのは、妻を娶り、子をした後でなければならん」

「…は?」

「お前の結婚を決めた」

相手はクラヴィウス子爵家の令嬢だという。結婚とは、自分とあまりに無縁な言葉だとオーベルシュタインは思った。劣悪遺伝子の保有者に対し妻子を持てとは、笑止の至りである。先天性の障害を持つ者が子孫を残すなど、許されることではあるまい。それがこの国の有り様であったはずだ。そもそも父は、跡継ぎを失ってもよいと思えばこそ、自分を幼年学校へ入学させ、軍人となることを命じたのであろうに。

帝国貴族の当主は、その多くが軍の高級位階を有しているが、それは儀礼上与えられる地位であって、軍歴を伴った内実のあるものではない。貴族の法定推定相続人は徴兵の対象外とされており、典礼の一つとして軍籍を得ると同時に、予備役に入るのが慣例だ。社会の基礎単位が家父長制のもとに置かれるこの国において、継嗣の喪失は重大事である。それは平民であっても同様で、過去には平民家庭の長男、独子独孫に対しても徴兵が免除されていた。長引く戦争のため、もはやその余裕がなくなって久しいが。

士官学校を出て任官する者の半数が10年のうちに戦死する時代である。家門の断絶を何より恐れる貴族が嫡子を職業軍人にするとは、稀なことである。

オーベルシュタインは無言のまま父を見た。父はもともと男爵家の三男で、このオーベルシュタイン家には養子として入った人だ。藁色の髪と青みをおびた灰色の目という外見は、自分とあまり似ていないと思う。若い頃は社交界で人気の洒落者だったとも聞くが、四十をいくつか過ぎた現在は眉間に深い皺が刻まれ、髪にはかなり白いものが混じっている。

強権的な男である。自身の信念に固執し、異論を認めることができない。その支配にある者が楯突いたりしようものなら、たちまち激昂し、辛辣な言葉を浴びせて徹底的に攻撃する。彼もまた軍人であり、今は中佐として後方輸送基地の長官職にあるはずだが、よくあれでやっていけるものだ、とオーベルシュタインは思っている。周囲からはきっと、堪え性のない貴族士官に見えることだろう。

母のほうをうかがえば、果たして身じろぎもせず端然と座していた。

現在、オーベルシュタイン子爵家の血統を受け継ぐ者は、母と息子であるオーベルシュタインの二人だけだ。黒っぽい髪と薄い唇は、居城のあちこちに掛けられた先祖たちの肖像画と共通するもので、一族の遺伝形質がよく現れていた。

オーベルシュタインは母に抱かれた記憶を持たない。それどころか、まともに視線を交わしたこともない。自分が劣悪遺伝子を持って生まれたことが母の精神的負担となっていることを、彼はよく知っている。極端に口数の少ない人である。だが10年前、父がオーベルシュタインに幼年学校への入学を命じたときは、「わざわざ軍人になって命を縮めることはない」と反対し、「戦死などしたらオーベルシュタイン家と領民はどうなるのだ」と声を荒らげた。父はそんな母を罵倒し、ついには打擲ちょうちゃくに及んだのだった。

以来、オーベルシュタインは、母の声を一度も聞いていない。今も嫡子の結婚という大事を前にして、相変わらず黙したままだ。反対せぬ以上は賛成なのかもしれない。

父も母も劣悪遺伝子の保有者を我が子に持ったことを恥じている。それにもかかわらず、その恥ずべき子に結婚して子孫を残すよう求めるとは、血統に対する執着心の何と醜悪なことか。

「何だその目は」

どのような目をしているというのだ、とオーベルシュタインは胸中でつぶやいた。義眼に感情など出ようはずもない。

「よもや異存はあるまいな」

「…ございません」

異存はもちろん、ある。逆らわないだけだ。どうせ頭ごなしに怒鳴られて、結局は父の命令に従うことになるのは分かりきっている。

両親の前を辞して廊下に出たところで、壁に張られた大きな鏡がギラリと光った。義眼が反射したのだ。

オーベルシュタインの心は不快感で満たされているというのに、鏡の中の冷たい目は、やはり何の感情も宿してはいなかった。

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