Einsame Menschen (4)

帝国暦472年6月2日

この日、帝都オーディンの士官学校では、皇帝の臨席を仰いで壮麗な卒業式が行われた。

第470期の卒業生は6859名。若者たちはそれぞれの希望と野心を胸に、4年間を過ごした学舎を旅立っていく。今後は同期生だけでなく、より多くの僚友たちと武勲と出世を競い合っていくことになるだろう。彼らのうち、平均寿命まで生き残ることができる者は何割ほどであろうか。辺境の叛徒との戦いはすでに140年も続いている。もはや士官といえども、使い捨ての様相を呈しつつあった。

オーベルシュタインの卒業成績は三席であった。これは彼が指揮官として優秀であることを示しているというよりも、数学・物理学・天文学といった宇宙艦隊の各作戦を支える理系の学問に優れていたことによるところが大きい。士官学校の首席が必ずしも名指揮官とはなり得ぬ理由もここにある。実際のところ、指揮官の資質があるかどうかは、実戦に出してみないと分からないものである。

『軍人として天与の資性を持つとは言い難いが、どの分野においても水準以上の結果を出すことができる。特に後方参謀としての適性が顕著である』。士官学校の教官たちは、オーベルシュタインの人事档案とうあんにそのような評価を記した。

彼は来月から、軍務省人事局人事課に配属されることが決まっている。

オーベルシュタインは教官と学友たちに儀礼上は過不足のない挨拶をして、迎えに来た執事と地上車に乗り込んだ。彼は故郷のクライデベルクに帰省しなければならない。はなはだ気の重い、一生の大事が待っているからだ。

 

12時間の時差を移動して城に到着すると、彼は、オーベルシュタイン家の顧問弁護士ラインスドルフに面会を求められた。婚姻契約書の文案に目を通してほしい、というのである。明後日には花嫁が先方の弁護士に付き添われてやってくるというのに、まだ最終稿ができていないのだ、と弁護士は語った。

「私が見る必要はなかろう。父上がよしとされたなら、それでかまわぬ」

「そうは申されましても、若様自身の名でご署名なさるのですから、ご覧になっておかれるべきでしょう」

弁護士はそう言って、オーベルシュタインの前に1枚の紙を差し出した。

 

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婚姻契約書 オーベルシュタイン子爵家長子パウル・フォン・オーベルシュタイン(以下「甲」という。)及びクラヴィウス子爵家長女フランツィスカ・フォン・クラヴィウス(以下「乙」という。)の婚姻にあたり、両家並びに甲乙双方及びその子孫の地位・身分、財産上の権利義務及び継承権等に関し、次のように定める。 一、甲の子のみを、オーベルシュタイン家の推定相続人とする。 一、甲及び乙並びにその直系・傍系を問わぬすべての卑属は、クラヴィウス家の家門を継承する権利を有しない。 一、乙は、甲の子を出産した場合に限り、オーベルシュタイン家の財産上の相続権を有し、将来においてオーベルシュタイン子爵夫人の称号を用いることができる。 一、クラヴィウス家は、乙に対し、同家の紋章の使用を認めない。 一、クラヴィウス家は、乙に対し、復籍を認めない。 一、この婚姻履行の証として、オーベルシュタイン家からクラヴィウス家に対し、すでに相応の婚資が支払われたことを確認する。 …
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弁護士はオーベルシュタインの無機質な視線にさらされた。 「令嬢はこれを承知したのか」 「ご令嬢は未成年で、法律上の行為能力が制限されますので、この書面には法定代理人たるクラヴィウス子爵夫人がご署名なさいます。いえ、実際には、子爵夫人の委任を受けた、先方の弁護士が署名することになります」 ――継母、だったか。なさぬ仲の子にはどんな仕打ちもできるか。 「クラヴィウス家は令嬢を放逐するつもりらしいが、もし子がないまま私が死ねば、令嬢は当家にもいられなくなるのだな」 「さようです」 オーベルシュタインの亡き祖父が顧問弁護士として雇ったこの男は、良識人と言ってよい。令嬢の境遇に同情したのだろう。 「それで卿は、私から父上に言上し、令嬢の権利擁護を求めよとでも言うのか」 確かにこれでは酷だ、とオーベルシュタインも思う。本人が望んで嫁いでくるわけでもあるまいに。だが、父と話すのはどうしても気が進まなかった。 「いいえ、父君にご翻意を促すのは困難でしょう。わたくしからも意見を申し述べましたが、お聞き入れくださいませんでした。婚礼の日も迫っておりますし、もはや時間的にも難しいものと思います」 「ふむ」 オーベルシュタインは実に不愉快そうにうなずくと、ラインスドルフに助言を求めることにした。   4日後、婚礼が挙行された。 城の北側にある大広間は、石造りの壁の高いところに穿たれた小さな窓から、外の薄明がわずかに差し込むだけである。枝付き燭台が立てまわされ、黄みを帯びた穏やかな色彩が空間を満たす中、花嫁の白い衣装がぼんやりと浮かんでいる。蝋の溶ける臭いが細く漂い、細かな煤が宙を舞って、オーベルシュタインの義眼に不快な刺激を与えた。彼の腕に回された花嫁の手からは、時折かすかな震えが伝わってきた。 婚礼の参列者は、オーベルシュタイン子爵夫妻と両家の弁護士のみであった。招待客はない。この婚姻に関しては、いまだ典礼省の認可が下りていないため、世間に披露するには憚られるところがあった。披露したところで、劣悪遺伝子保有者の結婚など、嫌悪と嘲笑の種を提供するだけであろう。 式は粛然として進行し、弁護士が婚姻証書を読み上げ、当事者が婚姻契約書に署名し、新郎新婦が指輪を交換して、滞りなく終了した。あっけないものである。 オーベルシュタイン子爵は、息子の妻になった娘を無遠慮な視線で値踏みするように見た。子爵夫人は常と変わらず端然と座すのみで、その心中を推し量ることはできなかった。後に、ラーベナルトが「大変お喜びのようだった」と語ったところをみると、あるいはそうだったのかもしれない。 食事が供され、やがて葬儀から哀惜の成分をそっくり差し引いたかのような、鬱々とした宴は何の感慨も残さずに散じた。
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