Einsame Menschen (5)

寝室はぼんやりと明るい。 遮光カーテンの隙間から漏れた光が、細い筋となって床をいくつかに分割している。幼少の頃より慣れ親しんだ部屋であるのに、部屋の主はどこか見知らぬ場所に迷い込んだような錯覚を覚えた。

錯覚の要因は、先ほどフランツィスカ・フォン・オーベルシュタインという新たな名を与えられたばかりの人である。

妻という続柄の、見ず知らずのその人は、広いベッドの端に浅く腰掛けてうつむいていた。その心細げな姿が彼女をいくぶん幼く感じさせ、人知れず狼狽うろたえたオーベルシュタインは、奥歯を噛んでその場に踏みとどまらねばならなかった。

彼はよく承知している。自らの血に対する義務と責任を、彼は果たさねばならぬ。

フランツィスカが立ち上がろうとするのを片手で制すると、オーベルシュタインはそれと気づかれぬよう最大限の注意を払って深呼吸をし、その隣に腰を下ろした。彼女の膝の上で組まれた指がわずかに握りこまれたようだった。こわばった身体をぎくしゃくと腕に収めると、絹のナイトガウンに包まれた薄い肩が小さく震えた。重ねた唇から香り玉がかおって、甘ったるいような、爽やかなような芳香が彼の口にも移った。

オーベルシュタインの義眼が初めて彼女の瞳をとらえたのは、その細い身体を寝台に横たえ、ガウンの合わせを寛がせたときのことだ。

――湖の色だ。

美しい色の瞳が長く濃いまつ毛に縁取られている。オーベルシュタイン子爵家の居城の西に広がる石灰華の湖と同じ、透明で鮮やかな青碧であった。オーベルシュタインを惹きつけてやまぬ、彼と冥府とを隔てる色である。

引き込まれるままに真上からのぞきこむと、冷淡な義眼を映しこんだ青碧の瞳が、なぜか安堵の色に染まっていった。かすかな微笑みの浮かんだ唇から暖かな吐息がこぼれ、彼の首すじをしっとりと暖める。小さなぬくもりは急速に拡大して、オーベルシュタインの心に沈澱する陰鬱な冷気を駆逐した。代わって熱っぽい渇望が全身を満たし、彼はその熱に身を任せた。

 

それは、確かな満足感を与えてくれるものであった。幸福だと思った。

 

身体のどこかで一瞬、恐れとも悲しみともつかぬ何かがうずくのを感じたが、彼は敢えてその正体に気づかぬふりをして、吸いこまれるように眠りについた。

 

5時間の旅程を経て帝都に戻ったとき、銀河帝国の中心地はすでに夜の闇に沈んでいた。道中、忠実な執事は何度か、若い夫婦の会話の橋渡しをしようと試みたが、何ら成果を上げることができず、ついには冷たい視線で黙るよう命じられてしまった。

地上車が屋敷の車寄せに停まると、玄関扉の向こうから犬の悲しげな鳴き声が響いてきた。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」

オーベルシュタインは出迎えたヘルガにうなずき返し、フランツィスカは「ごきげんよう」と言いかけて、小さく「ただいま」と言いなおした。

犬は扉が開くのももどかしく短い石段を駆け下り、フランツィスカにすがりついた。他のものには目もくれない。耳を伏せ、切なそうに鼻を鳴らしながら、全身全霊で甘えている。知らない家に置き去りにした薄情な主人を責めているようでもあった。

「寂しかったの?」

背や頭をなでてやる手が、とても優しい。

――仲がよいのだな。

オーベルシュタインは妙な感心をし、令嬢と犬とを引き離すようなことをしないでよかったと思った。

犬は写真で見たよりも、さらに大きく見えた。骨格ががっしりとして重量感がある。両耳の先と背中の部分だけが黒っぽいのを除いて、全身が白く長い毛に被われている。目の上の毛は青いリボンで結んであって、犬のまん丸な目がのぞいていた。

犬が落ち着くと、フランツィスカは低く鋭い声で座るように命じ、犬の首に手をあててオーベルシュタインに向き直った。

「アインシュタインです、旦那様マイン・ヘル」

明度の高い青碧の瞳が、訴えかけるようにオーベルシュタインを見つめた。

犬は座ったまま首を突き出し、警戒心もあらわにオーベルシュタインの靴やズボンの臭いを確かめた。彼が鼻先に手を伸ばすと、おそるおそる近づいてぺろりとなめた。

どうやら仲間として認められたようであった。

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