Das Spiel vom Ende der Zeiten (4)

新帝国暦3年7月27日

軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥の遺体は、冷凍カプセル型の棺に入れられて自邸に戻った。重傷を負った腹部は既に軍病院の医官によって縫合され、新しい軍服に着替えさせられている。高名な義眼を閉ざしたその顔には、不思議と穏やかな表情があった。

執事夫妻は主人の突然の死を嘆きつつも、悲しみを押し殺して弔問客を迎えた。もっとも、多くの者にとっては皇帝崩御の喪失感が大きく、また、生前のオーベルシュタインの為人もあいまって、彼に対する弔意は極めて簡潔なものにとどまった。

そんな中、ビッテンフェルト上級大将だけは違っていた。銀河一の猛将は、皇帝のために散々涙を流した後であったにもかかわらず、オーベルシュタインの遺骸を前にしても、声をあげて泣いたのである。周囲は驚いた。彼らは軍首脳の間で最も中の悪い二人とみられていたし、現にハイネセンにおいては暴力沙汰さえ起こしている。ビッテンフェルトとしてはケンカ友達を無くしたよな心持ちだったのかもしれない。僚友や部下らはその率直な人柄をあらためて讃えた。

この日の夕方、ようやく諸事を片付けてオーベルシュタイン邸を訪れたミュラーは、自身が軍務尚書の葬儀委員長を任じられた旨を執事に告げた。皇帝の大喪については国務尚書のマリーンドルフ伯爵と、ミッターマイヤー元帥があたることとなり、軍務尚書の葬儀については上級大将の首席としてミュラーが指名されたとのことである。事務局はオーベルシュタインの秘書官であったシュルツが責任者に任じられた。尚書の秘書官はいわゆる「二君に仕えず」が慣例で、尚書が退任すれば共に退くという不文律がある。辞令こそ出ていないものの、オーベルシュタインの死に伴い、必然とシュルツは尚書官房付、つまり待命中の身となっている。忠実な秘書官は、昨夜からずっとオーベルシュタインの身辺にあった。

「元帥閣下の葬儀は、国務尚書の決裁が下りしだい、国葬にて執り行われる予定だ。これから調整に入るが、おそらく8月1日になるだろう」

皇帝のほうはローエングラム王朝における大喪の典礼が定まっていない等の事情を考慮し、もうしばらく時間を要するものと思われた。ミュラーの言葉に、執事はあらためて胸を遡ってきた悲しみを呑み込んだ。

「それから、軍務尚書の最後の言葉を伝える。『私の遺書はデスクの3番目の抽斗に入っているから、遺漏なく執行すること。それと、犬にはちゃんと鳥肉をやってくれ。もう長くないから好きにさせてやるように』ということだ」

「…当家の顧問弁護士は、ラインスドルフ氏です」

「遺言の内容を確認したい。連絡をとってもらえるか」

「かしこまりました」

最低限必要な事項を告げ、シュルツに対しては引き続き亡き上司のそばに留まるよう命じて、ミュラーは早々にオーベルシュタイン邸を辞去した。元帥で軍務尚書というその生前の地位からは過小に簡素な門扉をくぐったところで、ミュラーの乗る地上車は、左折してきたもう一台の地上車とすれ違った。後部座席に喪服の女性の姿があった。顔をベールで覆っているが、それでも美しい人であることが見て取れた。隣には若者が付き添っている。軍と政府の関係者以外にもオーベルシュタインの弔問に訪れる者のあることが、ミュラーには少々意外に感じられた。

 

ラーベナルト夫妻は、懐かしいものを見るような眼差しをヒョードロフ母子へ向けた。

「ああ、こちらは弟君でいらっしゃいますね…」

既に母から事情を聞かされているのだろう。ユーリー・ヒョードロフは悲しい目をしたまま、頬に小さくえくぼを浮かべてうなずいた。

「これほど早く逝ってしまわれるなんて」

母親のほうは、オーベルシュタインの亡きがらを見つめる青碧の瞳に白いハンカチーフを押し当てた。

「お覚悟はあったものと存じます。亡き奥様にも、軍人の妻として覚悟はしておくように、と言い聞かせていらっしゃいましたもの」

「写真を、ご覧になりますか?」

いったん退いた執事は、額に入れられた写真を持ってきた。

「あれは陛下のご婚礼の日の晩でしたか、夫人がお訪ねくださったときは、たいそう驚きました。当家の奥様とあまりによく似ていらっしゃいますもので。お顔もですが、何よりお声がそっくりでいらっしゃいますね」

写真を目にした夫人の目からは、更に涙がこぼれた。

「奥様が亡くなられたのは、この写真を撮った日からひと月も経たぬうちでございました」

「この方が、お姉様…」

写真立ては、ユーリーの手によってオーベルシュタインの棺の上に置かれた。そばにひかえるシュルツは、つられるように写真をのぞきこんだ。

書斎らしき部屋だ。古めかしいライティングビューローの上に、白い小さな花を生けた花瓶がある。机の下では毛の長い大型犬がねそべり、写真の中央には若い二人が幸せそうに寄り添っている。一人は、彼の上司であったオーベルシュタインだ。若き日のオーベルシュタインは、特徴的な白髪はまだ見えず、頬がいくぶんふっくらとして、どこか少年の面影があった。薄い唇がわずかに弧を描き、そのせいか冷徹な義眼に柔らかな光を宿しているようにさえ見える。そばに座る娘は、まだ少女というべき年齢であろう。一目見てヒョードロフ夫人の血縁であると知れた。とてもよく似ている。鮮やかな青碧の瞳が印象的で、灰色がかった黒い髪の毛が顔の輪郭をかたち取り、薔薇色の頬に小さなえくぼが見える。二人の左手の薬指には、きわめて自然に、銀色に輝く指輪があった。

シュルツは初めて、近寄りがたい人だと思って仕えてきた彼の上司が、決して人に明かすことのなかった別の一面を知ったのだった。

 

2日後、軍務省内の一室に、ミッターマイヤー元帥、ミュラー上級大将、シュルツ少佐、オーベルシュタイン家の顧問弁護士・ラインスドルフ、同執事・ラーベナルトが参集した。オーベルシュタインの遺言書の検認及び開封のためである。

 

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遺言者パウル・フォン・オーベルシュタインは、次のとおり遺言する。 第1条、遺言者の遺体は、旧都オーディン、ヴェスターヴァルト恩賜公園内墓地のKカー区6号に埋葬すること。遺体不在の場合は、この遺言状とともに保管する指輪を棺に納めたうえで同地に埋葬すること。なお、祭祀の継承は不要である。 第2条、遺言者の保有する財産は、別紙明細のとおりである。 第3条、遺言者は、遺言者に長年仕えたクルト・ラーベナルト及びヘルガ・ラーベナルト夫妻に対し、上記財産からそれぞれ20万帝国マルクを遺贈する。 第4条、遺言者は、遺言者が旧都オーディン・ファイルヒェン街24番地に所有する土地及び家屋並びに屋内外の一切の家財を、上記ラーベナルト夫妻に遺贈する。 ただし、フランツィースカ・フョードロワ女史に対し、ラーベナルト夫妻の了解のもと、本条に係る家屋の2階南西角の部屋における家財のうちより任意の物品を取得し、もって故人を偲ぶよすがとされることを希望する。 第5条、本遺言状がすべて執行された後の残余財産は、オーディン帝国大学宇宙物理研究所に遺贈し、もって若年研究者助成の原資として利用することを希望する。 第6条、遺言者は、本遺言状の遺言執行者として、ホッファー・ウント・ラインスドルフ法律事務所の弁護士ヘルベルト・ラインスドルフ氏を指定する。 第7条、遺言執行者の報酬は、遺言執行時において遺言者が遺言執行者に支払う年間顧問弁護士料相当額とし、上記財産から支弁する。 新帝国歴3年7月22日 パウル・フォン・オーベルシュタイン
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  遺言は、書き換えられたばかりであった。 「このヒョードロフ女史というのは? 軍務尚書とは、どのような関係にあるのだ」 執事は一度、弁護士の顔を見てから、ミッターマイヤーの問いに答えた。 「フョードロフ夫人は、以前主人と縁のあった方のお母君でございます。オーディンの屋敷にその方の遺品がございますので、夫人にお分けしたいと考えたものと存じます」 「ふむ…」 「ヒョードロフ不動産プロパティの関係者か?」 「先代の未亡人とうかがっております」 執事の返答に、ミュラーは難しい顔をした。 「ヒョードロフ不動産は軍務省仮庁舎の建物所有者ではなかったか。もしも、仮庁舎の賃貸借契約が私的交遊の上に締結されたものであれば、不正、利益誘導のそしりを免れることはできないが」 それに答えたのはシュルツ少佐である。 「仮庁舎ビルの選定にあたって、不正はなかったと断言できます。小官はすぐそばで交渉を見ておりました。軍務尚書閣下は、営繕課から契約のドラフトが上がってくるまで、取引の相手方がヒョードロフ不動産であるとはご存じありませんでしたし、調印の席で夫人と面識を得て驚かれたように見えました。直後には、調査部に対し夫人の背後関係を洗うよう指示も出されています。その結果、亡きヒョードロフ氏が反ルビンスキー派であったことが、夫人が軍務省との取引に積極的であった理由であると結論されております」 「それらの経緯は書面で残っているのだな?」 「はい。閣下は、枉法徇私おうほうじゅんしを何より嫌われる方でございました」 「よろしい。問題なかろう」 わたくしのために法を曲げる。オーベルシュタインに限ってそれはないだろう。彼に対し心理的葛藤を持っていたミッターマイヤーでさえ、それだけは確信を持つことができる。 そのほか、遺言の細かな部分に関する確認が終わった後、ラーベナルトが発言を求めた。 「わたくしどもへの御恩情でございますが…」 執事がすべてを言いきる前に、弁護士が彼を制した。ラインスドルフは、40年にわたってオーベルシュタイン家の顧問弁護士を務めている。すでに70歳を超える年齢だが、遷都に伴ってフェザーンへ事務所を移し、近頃は旧同盟領法の研究に余念がない。彼にとっても、幼い頃から見てきたオーベルシュタイン家の「若様」の死は衝撃であった。時折書き換えられてきた遺言書に込められたオーベルシュタインの思いを最も理解していたのは、この弁護士であったかもしれない。 「お受けになるべきですよ、ヘル・ラーベナルト。閣下は遺言を遺漏なく執行するようあなたに言葉を残された。あなたが遺贈を受けようとしないであろうと、予想しておられたのでしょう。遺言執行人として私を指定しながら、わざわざあなたに口頭で遺言を残されたのですからな。決して断らぬように、との閣下のご命令と思われてはいかがですか」 忠実な執事は、右手で目を覆い、深くこうべを垂れた。
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