Das Spiel vom Ende der Zeiten (5)

オーベルシュタインの遺体がオーディンへと飛び立つ日、フェザーンの宇宙港へは、元帥杖を賜ったばかりのケスラー元帥と、オーベルシュタインの部下であった何名かが見送りに来た。冷徹な軍務尚書の腹心として最もそば近くに仕えたフェルナーは、オーディンまで同行したかったようであるが、突然に尚書を失った軍務省内の混乱を統制せねばならず、希望はかなわなかった。彼は、かつての上司の遺体が納められたカプセルをのぞき込み、その左手の薬指にはめられた指輪を見て、何やら得心した表情をみせた。上司が心深く隠してきたものの正体を、やっと知ったように思ったのだ。

ラーベナルト夫妻にとっては、主人の死から10日と経たぬうちにフェザーンを発つという、慌ただしい旅立ちであった。しかし、もともと仮住まいのような屋敷であったため、いざ片付けてみればあっけないほど簡単に荷造りがすんでしまい、それがまるでオーベルシュタインが自身の死を予感していたように思えて、夫妻の涙を誘った。

オーベルシュタインの葬列には、ラーベナルト夫妻、老犬、シュルツ少佐、そしてフランツィースカ・フョードロワが従った。夫人は、オーベルシュタインの埋葬を見届け、同時に、亡き娘の墓に詣でたいと願ったのであった。オーディンまでは1か月足らずの船旅である。その間、ラーベナルト夫妻は彼らの知る若様と若奥様のことをフョードロフ夫人に語り聞かせた。そのあまりに儚い幸せに、夫人のハンカチーフは乾く間がなかった。

 

ヒョードロフ夫人かオーディンにやってきたのは、30年ぶりのことである。旧帝都は何一つ変化がないように見えた。いや、かつての賑わいを失ったぶん、街全体が遺跡めいた趣きを濃くしていた。オーベルシュタイン邸は旧皇宮にほど近い、長い年月を重ねた古風な建物が立ち並ぶ場所にあった。

ヘルガ・ラーベナルトがかつて若奥様が暮らした部屋に、ヒョードロフ夫人を案内した。長らく住人のなかったその部屋は、乾いた空気で満たされていた。東向きの窓から差し込む光の中に、小さくホコリが舞うのが見える。調度類はどれも重厚で、歴史を感じさせるものであった。

この部屋から好きなものを受け取って欲しい。それがオーベルシュタインの遺言であった。

――フランツィスカ!

ヒョードロフ夫人は、吸い込まれるように鏡を凝視した。そこに一瞬、彼女によく似た、だが彼女自身ではないものが映ったように思ったからだ。

鏡台の上には、若き日のオーベルシュタインの写真があった。士官学校の制服姿で、実に不機嫌そうな表情を浮かべている。世の人々の知る軍務尚書オーベルシュタインが、常に感情を完璧にコントロールする人間であったのとは対照的である。

「こちらはご婚礼前にお写真を交換した折のものです。ふふふ、まったく、ひどいお顔で映っていらっしゃいますねえ。でも奥様は、このお写真をとても大切になさっていて…」

ヘルガは笑いながら、エプロンの端で目を覆った。

写真の隣には硝子の香水瓶が置かれていた。 ボトルの首に色あせた青いリボンが結んである。鈴蘭の花が描かれたラベルも時を感じさせる色に変わっていた。

「その香水は十六になられたお祝いに御父君が贈ってくださったものだと伺っていますわ。奥様は青いリボンがお好きで、犬のアインシュタインの毛にも、いつも青いリボンで結んでやっていらっしゃいました」

ヒョードロフ夫人にとって、それはかつて見慣れた香水であった。娘の父が夫人に始めてたくれた贈り物が、この銘柄の香水だったからだ。青いリボンはきっと、あの分かれの朝に娘の髪に結んでやった、あのリボンだろうと思った。二親を失った娘は、どれほどの寂しさと悲しみを抱えて生きていたのか。それを思うと胸が痛んだ。

フランツィースカ・ヒョードロワはそっと香水瓶を手に取った。まだ、3分の1ほど、中身が残っていた。

「フラウ・ラーベナルト。これをいただいても、よろしいかしら」

その香水瓶は、遠い昔に切れてしまった彼女たち親子三人の絆を、再び結ぶもののように、ヒョードロフ夫人には思えた。

 

オーベルシュタインの棺は、彼の遺言どおり、旧都オーディンのヴェスターヴァルト恩賜公園に埋葬された。夏が終わろうとする静かな森の一角、うっすらと苔むした墓石の横に、真新しい墓石が建てられた。元帥であった人のものとは思えぬ、姓名と生没年のみが記されただけの簡素なものである。墓碑銘もない。ほんのわすがな人々だけが、湿った土が棺を覆う様子を身守った。

こうして、ローエングラム朝銀河帝国初代軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、かつて彼が愛した人の隣で眠りについた。全宇宙の耳目が不世出の皇帝の大喪に注がれた、新帝国暦3年9月1日のことであった。

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