Die Toteninsel (1)

銀河帝国では、秋分日が9月21日と定められている。実際の秋分点通過日は各惑星の公転周期によって様々なのだが、広大な宇宙に無数に存在する惑星の事情をいちいち勘案してはいられないので、暦表時と同じく、二至二分も地球に合わせてあるのだ。また、古来よりの風習に従い、秋分日は公休となる。

統帥本部と宇宙艦隊は24時間交代勤務制であり、特定曜日を休日とすることはない。しかし軍務省では、作戦指揮に直接関係のある部署を除き、日曜が休み、土曜が半休だ。人事局も同様である。

軍務省と実戦部隊との間に深浅さまざまな溝があるのは周知のことであるが、こうした勤務体系の違いもまた、その要因の一つとなっている。前線勤務者からすれば、本省の奴らは休んでばかりで肝心なときにいない、ということになる。他方、本省勤務者のほうは、戦闘もなくただ艦艇に乗り組んでいるだけで、日々、乗艦手当を稼ぎ出す前線勤務者を一種の俸給泥棒とみなしている。例えば、帝都とイゼルローン回廊を単純に往復するだけで約80日分の手当が付くのがよい例だ。

一口に軍人と言っても、前線型と後方型とでは思考や行動様式の各方面において相容れない部分が多数にある。異動による人員の入れ替えは頻繁にあっても、軍官僚は前線で大量に味方を殺し、艦隊指揮官は後方で事務仕事を滞らせ、相互不信を高め合うことになるのだった。

 

オーベルシュタインは秋分の公休を利用して、領地に帰省することとなった。妻も伴う。帰省はいつも気が進まない。だが、父の命令であるので、特段の理由なく拒否することもできず、しぶしぶ準備を始めた。

父は辺境に置かれた後方基地で輸送を担当しており、半年に一度の割合で首都星オーディンに戻ってくる。自身も帝都の軍務省に出頭しているのであるから、ファイルヒェン街を訪ねてくればよいものを、父は必ず帝都の屋敷を素通りして領地に帰り、息子を呼び寄せるのである。

領地への帰省は2泊3日の予定で、土曜日の午後に出発し、振替休日となる月曜日に帝都に戻る。

その間、オーベルシュタイン家の執事夫妻には休暇が与えられることとなった。忠実な執事は同行を申し出たのだが、「6月の代休だ」と、主人が許さなかったのだ。

貴族の屋敷に仕える家事使用人には、一般に年に2回、6月の聖霊降臨祭と新年に休暇が与えられる。もしこれが自由惑星同盟であれば、人的資源委員会の下部組織から監査が入るような劣悪な労働条件といえるかもしれない。しかしながら、銀河帝国における貴族と家事使用人との間柄は、労使関係というよりも、むしろ主従関係を基礎とした家族の一員といった性質が強い。両者は恩顧と忠誠によって結ばれているのであって、金銭はそれを視覚化したものにすぎない。家族の一員であるから、毎週休暇を与えるという発想もない。そしてそれが社会的常識であるので、使用者も被用者もそれを搾取とは感じないのである。

この年の6月はオーベルシュタインの婚礼や任官準備で執事夫妻も忙しく、聖霊降臨祭も休みなしであった。そのうえ、帝都のオーベルシュタイン家の屋敷はその規模に比して使用人の数が極端に少ないため、執事夫妻は他家の使用人よりもかなりの重労働である。オーベルシュタインもそのことは承知しており、フランツィスカが嫁いで来るのにあわせて新たに人を雇い入れることを考えたのであるが、当の執事夫妻が必要ないと言うのでそのまま様子を見ている。彼らにとってはすでに10年を過ごした家でもあるし、勝手の分からぬ人間に屋敷内をかき回されるのを嫌ったのかもしれない。

執事夫妻は主人の厚意をよく汲んで、帝都近郊の雲雀の湯レルヒェンバーデンに1泊の保養に行くことにした。フランツィスカは出発の2日前、ヘルガに小遣いを渡したが、これは夫に言われてのことだった。使用人に休暇を与える場合、男性使用人には一家の主人から、女性使用人には女主人から小遣いを渡す慣習である。

「わたくし何も知らなくて、ごめんなさいね」

フランツィスカは身の置き所がないような様子でヘルガに詫びた。ヘルガは礼を述べてフランツィスカの前を辞したものの、後でオーベルシュタインに対しては、「必要のないことでしたのに」と、困ったような顔をした。彼女は若い女主人の自由になるお金が、貴族の夫人としてはささやかなものであることを知っていたし、恥をかかせたような気がして落ち着かなかったのである。

「けじめだ」

家政婦長に対するオーベルシュタインの答えは簡潔であった。彼は立場に応じた責任を果たさないことをひどく嫌う人間である。

オーベルシュタインは執事夫妻を帝都に残すと決めた一方で、犬のアインシュタインについては一緒に連れて行くと告げて、フランツィスカを喜ばせた。

「でもこの子、飛行機は初めてですけれど、大丈夫でしょうか」

犬の背をなでながら、フランツィスカは不安も口にしたが、

「惑星内の移動は検疫が不要であるし、リードにつないでおけば客室に乗せることができる。もちろん、よく訓練された犬であることは最低条件だが、あなたがそばにいれば安心しておとなしくしているだろう」

と言って、さっさと犬の搭乗券も手配してしまった。

オーベルシュタインは、婚礼をすませて帝都に戻って来たときの犬の様子を印象深く覚えている。今でこそ一匹で屋敷内を好きに歩き回っているが、フランツィスカと再会を果たしてからしばらくは、彼女のそばを一時も離れなかったし、わずかでも姿が見えないと鼻を鳴らして必死で探しまわっていた。この犬にとって、彼女と離れることは相当のストレスになるに違いないのだ。

ラーベナルトの見るところ、彼の主人は、夫人に対する気遣いを犬に対するそれによって示すことがよくある。執事はその不器用さがどうにも心配で、何度か妻にこぼしたのだが、ヘルガは、「ほほえましいじゃありませんの。それに、奥様はちゃんとわかってらっしゃいますわ」と笑ったものだった。

そもそも、フランツィスカが婚家へ犬を伴うことに同意するようすすめたのはヘルガである。令嬢と犬を引き離すのもかわいそうであったが、なにより、もし犬がいれば、二人きりで真正面から向き合うより多少は気が楽だろうと思ったのだ。ヘルガの思惑どおり、犬は確かに二人の間を取り持ってくれているようである。

心配性の執事は、主人が一度もクラヴィウス家に赴いていないことも気にかかる。婚礼からしばらく後、彼は夫人に里帰りをすすめた。主人に気兼ねをして実家に帰りたいと言い出せないのではないかと思ったし、主人がクラヴィウス家に挨拶に行くよい機会になると思案してのことだ。だが、フランツィスカはうつむいて小さく首を振っただけだった。オーベルシュタインはその様子にどこか腑に落ちるところがあったようで、儀礼的な手紙を出すにとどめた。

ラーベナルトが主人夫妻の婚姻契約書を目にしたのは、それから何十年も後のことである。

 

帝都を発つ日が近づくにつれて、オーベルシュタインは苛立ちをつのらせ、クライデベルク行を楽しみにしているようなフランツィスカの顔を見るたび、これではいけないと思い直した。

要は、父に顔を見せに行くと思うから嫌な気持ちになるのだ。家族で旅行するのだと思えばいいではないか、とオーベルシュタインは考え、そんなふうに考える自分自身に少々驚いた。妻と犬を家族だと認識していることに気がついたからだ。

実際、フランツィスカとの生活を、何とか続けていけるように思い始めているのも事実であった。

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