Die Toteninsel (2)

オーベルシュタイン子爵家の領地は、名をクライデベルクという。帝都からみると惑星オーディンの裏側にあたる東半球の北緯60度線付近に位置し、夏は清涼であるが、冬は極めて寒冷である。石灰質の痩せた土壌に覆われた地域であり、農作物といえばライ麦やジャガイモ、豆類といったものが収穫できる程度だ。経済の中心はオーベルシュタイン家の所有する石灰石鉱山で、8000人ほどの領民のほとんどがこの鉱山に関連する仕事に従事している。

鉱山から産出される石灰石の粉末は、宇宙船内の濾過装置の原料として安定した需要がある。とくに、辺境の叛徒鎮圧のため消耗品のように戦艦が建造されるようになってからは、軍需品としての取引が増大し、かなりの富をオーベルシュタイン家にもたらした。また、わずかながら結晶質石灰岩の鉱床もあって、ここから切り出された大理石は高級建築資材として多くが帝都に運ばれていた。質の劣る石灰岩は領民の住居に使われており、その白い家並は白亜の街クライデシュタットの美称で呼ばれている。

帝都からオーベルシュタイン家の居城までは、約5時間の旅程である。帝都の民用空港からクライデシュタットまで惑星内旅客機で2時間、そこから地上車で更に3時間ほどだ。惑星内旅客機とは、西暦の時代に極超音速旅客機と呼ばれていたもので、地表から一気に高度3万メートルの成層圏まで上昇し、オーディン程度の惑星であれば4時間半で一周することができる。宇宙空間を航行する船とは比べものにならぬほど遅足だが、頻繁に離着陸を繰り返す必要上、これ以上速度を上げるとかえって不合理が多いらしい。

 

帝都から12時間の時差を超えてたどり着いたクライデベルクは、すでに濃厚な秋の気配に支配されていた。犬のために薄く開けてやった地上車の窓から、冷たく清々しい朝の空気が入り込んでくる。

地上車がカーブを切ると、急に視界が開けた。フランツィスカは犬の背をなでる手を止め、息を呑んで窓の外を見つめた。城を取り囲む白樺の紅葉を湖から立ち上る霧が薄いベールで覆い、二つの円塔を持つ大理石の城が朝日を照り返して黄金色に輝いている。荘厳で幻想的な光景であった。

城の執事はオーベルシュタインを慇懃に出迎え、フランツィスカとリードの先の犬を不躾に眺めた。母はまだ就寝中で、父は2日前から泊りがけで狩猟に出かけているという。ここから800キロほど北へ行くと北極圏に入り、偶蹄目の大型動物が生息している。10月に入れば雪が降るので、本格的な冬が訪れる前の最後の狩りということだろう。父が戻るのは夕方で、19時から晩餐の予定だと告げられた。

広い城内は廊下のいたるところにオーベルシュタイン一族の肖像画が掛けられている。夫の腕を取って廊下を進みながら、フランツィスカはその一枚一枚に視線を走らせた。黒っぽい髪と薄い唇はオーベルシュタイン家の血筋の特徴であろう。中には夫と驚くほどよく似た人がいる。

一方、オーベルシュタインはそれらの肖像を視界に入れぬよう、まっすぐ前を見て歩いた。一族の肖像画は、彼にその身を流れる血の因果を想起させる。

彼の先祖は、父方をたどっても、母方をたどっても、同じ人物に行き着く。銀河帝国の貴族社会は縦横無尽に張り巡らされた姻戚関係に依って立つところ大であるが、それでも血の近い者どうしが婚姻を結ぶことは稀である。遺伝子上の禁忌を恐れるがゆえだ。しかしオーベルシュタイン家では、なぜか本家筋に女子しか生まれぬことが多く、分家や近しい親族から養子を迎えては代を重ねてきた。500年に渡る一族の家系図は閉じたり開いたりを繰り返し、今またオーベルシュタインの一身に収斂している。彼はオーベルシュタイン家にとって、四代ぶりに生まれた男子である。両親も、その当時まだ健在であった祖父も、彼の誕生をそれは喜んだという。その目に障害があることが分かるまでは。

障害を補うため眼窩に埋め込まれた光コンピューター内蔵の義眼で、オーベルシュタインは廊下の突き当たりの陶磁器をじろりと見やった。ついで階段下のブロンズ像の前でごくわずかに首の角度を変え、2階と3階の間の踊り場でコンソールテーブルの天板をすっとなでた。

「どうかなさいましたの?」

「ずいぶんと見知らぬものが増えたようだ」

スーツケースを提げて最後尾に従っていた使用人は、自身が荷物の重量以上の汗をかいているのを自覚した。おそるおそる先導の執事に目をやって、返ってきた視線に首をすくめる。

オーベルシュタイン子爵家の年若い後継者は、執事に冷たい視線を浴びせ、無言のうちに説明を求めた。

「多少、配置替えをしたのでございます」

「…そうか」

執事の言葉に納得したのかどうか、オーベルシュタインはそれ以上の追及をしなかった。

 

仮眠から目覚め、城のメイドに身支度を手伝わせながら、フランツィスカの胸の内では不安が芽吹き、急速に枝葉を広げつつあった。義理の両親との面会はやはり緊張するものであるが、それだけではない。彼女は鏡台に映った隣の部屋の様子が気がかりでならない。鏡の中では、既に支度を終えた夫がテーブルに頬杖をついて窓の外を見ていた。アインシュタインが床にあごをつけて、上目使いにその様子を見ている。あまり感情を表に出さない人であるが、それでも極めて機嫌の悪いことがはっきりと見て取れた。

「旦那様」

食堂に続く前室で、フランツィスカは自分でも何を話したいのかよく分からぬまま夫に呼びかけた。この夜、彼女はすらりと長い肢体をつややかなダマスクパターンのドレスで包み、髪を優雅に結い上げて薄く化粧も施している。瑠璃色の生地は、この5月にクラヴィウス家を訪れたヘルガが、「お嬢様に一番お似合いの色」と言って選んでくれたものだ。流行のトランペット・スリーブに仕立て、スカートにはパニエを入れて膨らませ、細い腰を強調してある。若々しい美しさが際立つ姿であった。だが、今、この瑠璃色は彼女の青ざめた顔を更に青く見せている。

「あの…」

やはり続ける言葉を見つけられず、彼女は細い指を伸ばして夫の前髪をよけた。ヘルガに整えてもらったばかりの髪は、耳に掛けるのにわずかに足りていない。彼女にとって、これほど人を寄せ付けぬ雰囲気をまとった夫は初めてである。髪に触れるのを許したのが不思議なほどだ。フランツィスカは不安な心に覆いをかけ、口の端に笑みを乗せて夫の目を見つめた。

その様子を注視する人があった。ちょうど前室に入ろうとしていたオーベルシュタインの母である。夫人は毅然とした姿勢を保ったまま、しばらくその場を動かなかった。

やがて当主の子爵が現れ、晩餐は子爵の熱心かつ空疎な演説の中、白々しく進んだ。

晩餐会用の長い食卓は、空白が多すぎてアンバランスな印象を受ける絵画のようだ。背後に居並ぶ召使たちも、光を拡散するシャンデリアも、過剰で場違いな華やかさを演出している。食堂には子爵の声と、食器が触れあう音だけが響いた。

目上の人の前で不機嫌な様子を見せてはならない。フランツィスカの教育係グヴェルナンテはそう言ったものである。しかし彼女は、この場の自分がその教えを実践できているかどうか自信がなかった。そっと隣の席をうかがうと、夫は刺だらけの甲冑で全身を覆っていた。

向かいに座る義理の母の顔には、神経質そうな表情が永遠に張り付いているかに見える。その固く引き結ばれた薄い唇から声が発せられるのを、フランツィスカはまだ聞いたことがない。先ほど挨拶をしたときも無言でうなずいただけだった。ヘルガは、昔は朗らかでおしゃれが好きなお嬢さんフロイラインだったと言っていたのだが、今、目の前に座る貴婦人は喪服と見まがうような地味な装いで、痩せた青白い頬と眉間に刻まれた皺は、何かの苦痛に耐えているようにも見えた。

父は息子に軍務省の様子を尋ね、皇帝陛下の御為に身命を賭して尽くすよう命じ、猖獗しょうけつを極める共和主義者どもと戦い、その身の程知らずな野心を撃滅して陛下の御宸襟を安んじ奉らねばならぬ、などと滔々と説いた。息子にとっては、幼年学校、士官学校と10年にわたって散々聞かされてきたことそのままである。逆説的ながら、この教条主義を捨てぬ限り帝国の勝利はあるまい、と彼は思っている。

主菜としてヘラジカ肉のソテーが運ばれてきたころ、子爵の話題はプラウエン提督の戦死へと移っていた。プラウエン提督は、先月イゼルローン回廊出口宙域で発生した戦闘において、自軍の敗北が必至であることを悟るや、麾下の全艦船を率いて敵軍に突撃し玉砕して果てたのである。

「たたうべきかな、提督は鮮烈なる散華を遂げられた。一死をもって陛下のご厚恩に報いたのだ。帝国の武人たる者、かくあらねばならぬな」

子爵は酒精が手伝ってますます饒舌になっている。

――くだらぬ…。無駄死にではないか。

オーベルシュタインは心中でつぶやき、皿の肉をギリギリと切った。彼は半ば耳を閉ざして食事をすすめている。

子爵の青みがかった灰色の目が食卓を見回し、フランツィスカの姿をとらえた。この嫁だけが、彼の話に関心を持って耳を傾けているようである。

「どうかなフランツィスカ殿、そうは思われぬか」

「はい…。ですが、あの、わたくしは、提督には他の方法もあったように存じます。提督ご自身を含め、将兵と艦船が健在ならば、今一度陛下のお役に立つことも…」

「控えぬか」

すべて言い終わらないうちに、フランツィスカの言葉は夫の低くするどい声にさえぎられた。子爵の顔がみるみる青黒く変わっていく。父が異なる価値観を認められない人間であることを、息子は誰よりもよく知っていた。

「父上、一介の婦女子が帝国軍人精神の精華をかいするはずもございません。無礼の段はご容赦くださいますよう」

「ふん、そのようだな」

子爵は憎々しげに応じて赤ワインを口に含むと、小さく震えながら謝罪を述べたフランツィスカを一顧だにせず、急に矛先を変えて息子の甲冑をぐさりと貫いた。

「それで、どうなのだパウル。今日は懐妊の報告が聞けるかと楽しみにしていたのだが?」

「…残念ながら」

いきなり真正面から突き刺されては避けようもない。オーベルシュタインは奥歯をかみしめ、どうにか声を絞り出した。

「ほお、実に遺憾なことだ。フランツィスカ殿、よもやこのパウルが劣悪遺伝子の保有者だからとて、ねやこばんでおられはせんでしょうな」

フランツィスカは何か答えねばと思ったが、言葉にならぬ声が喉をひっかいただけだった。

「あなたを当家にお迎えしたのは、樫之木館アイヒェンバウム・ハオスのご老体がご媒酌くださったからこそなのだ。さもなければ、180万帝国ライヒスマルクなどという、馬鹿げた婚資を払う者がいようか。必ず跡継ぎを生んでもらいますぞ」

オーベルシュタインは小さく深呼吸をし、膝の上でこぶしを握りしめた。

「あなたの父君はこのパウルの劣悪遺伝子を知って、こちらの足元を見たのであろう。だが、たとえそうであっても180万マルクとは欲をかきすぎだ。婚約が調ったその夜に他界なさったのも、因果応報よ。それをクラヴィウス子爵夫人とくれば、当家と縁戚になるのを恥じての自害だの何だのと愚にもつかぬことを言いたておって。非礼極まる。大金を得たうえに継娘と縁切りができたのだ。願ったり叶ったりであろうに」

食事を続ける者は、もはや子爵一人である。陪席の3名の皿の料理はどんどん冷めていった。

「これが劣悪遺伝子を持って生まれてこなければ、女優などという下賤な女を母親に持つような娘を、しかも高い金を払って迎えずともすんだのだ。典礼省の役人どもに贈るまいないも馬鹿にはならぬ。あれこれ言い掛かりをつけては、婚姻の受理を拒みおって」

子爵は椅子の背もたれに体を預け、酒精の回った目でフランツィスカをなでまわした。

「ふむ。だが、その女優の血のおかげで、あなたは美しい容姿に恵まれたようだ。寝所でせいぜいこの朴念仁をその気にさせてやってくれ。それもあなたのつとめですぞ。いや、あなたはきっとお得意であろうな。下賎な母親がクラヴィウス子爵を誑かした例に倣えばよろしいのだ」

オーベルシュタインが椅子を蹴り、机に両手を付いて身を乗り出したのは、子爵が口をぬぐって立ち上がったのとほぼ同時であった。椅子と食器があげた悲鳴は、子爵の声にかき消された。

「ではフランツィスカ殿、よろしく頼みますぞ。早く孫の顔が見たいものだな」

子爵は人好きのする快活な笑い方で食堂を満たすと、デザートはいかがなさいますか、との執事の問いに手振りで不要の意思を示し、ふらつく体を従者に支えられながら自室へ引き取って行った。

後には何か言いかけて静止したオーベルシュタインと、俯いて夫の上着の裾を握るフランツィスカ、そして神経質な表情のまま二人を見つめる子爵夫人が残された。

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