Der Wille zum Glück (4)

帝国暦472年11月21日

オーディンを離れて6日目、アルタイル方面軍区内に位置する砂だらけの惑星で、憲兵隊のハウプト大佐と軍務省人事課のオーベルシュタイン少尉は、叛徒矯正施設の管理責任者であるバッハマン少佐を尋問していた。

被矯正者、すなわち元叛徒の大量失踪について、バッハマンはあっけらかんとして本省の指示によるものだと証言し、「軍極秘ぐんごくひ」扱いの一通の命令書をしめした。軍極秘電は佐官以上でなければ目にすることができない、相応の機密保持を要する文書である。

「アルタイル方面軍区の各労働矯正施設において服役中の被矯正者のうちより、科学的素養を有する者及び心身ともに屈強なる者を選別せよ」

昨年9月10日付で、はつは本省の被矯正者管理部長であった。

「大佐は元叛徒が失踪したとおっしゃるが、小官はどこかへ移送されたものと認識しております」

ハウプトは左手の中指で眉をなでた。

「移送手段は?」

「知らされておりません。あるいは、デリング後方輸送基地の船ではないかと」

書記を務めるオーベルシュタインの手が、一瞬止まった。

バッハマンによれば、今年初めから囚人惑星のいくつかで監視衛星の故障が続き、配下の者を修理・交換に派遣した。その際、惑星の衛星軌道上で長距離輸送船に遭遇したことがあり、その輸送船が明らかにした所属がデリング後方輸送基地だとの報告があったというのだ。

バッハマンを返した後、ハウプトは、例の命令書を出した本省の被矯正者管理部長が9月初めに死亡しているのだとオーベルシュタインに告げた。死因は服毒で、他殺の疑いもあるという。矯正施設宛に軍極秘電が出ていることを憲兵隊が把握した直後のことだ。

「デリングへは輸送船の運航状況を照会するとして、やはり予定どおり、施設に残った元叛徒から直接事情を聞くしかないな」

オーベルシュタインは机を回ってハウプトの前に立った。

「大佐。私はこの調査への参与を回避するべきものと思われます」

「なぜだ」

「デリング輸送基地の長官を務めるオーベルシュタイン中佐は、小官の父です」

「なに? 本当か?」

ハウプトは口を開けてしばしオーベルシュタインの顔を眺めてから、端末を叩いてデリング輸送基地の人事情報を呼び出した。

「あまり似ておらんなぁ」

任務とは無関係の感想を述べつつモニターに目を走らせていたハウプトは、突然「あ」と大きな声をあげた。

「卿の父君は、オッフェンバッハ男爵家の出か」

「は? ええ、そうですが」

父は確かに、オッフェンバッハ男爵家から養子に入った男である。

「父をご存じなのですか?」

「まあ、我々の世代では少々有名人なのでな」

「有名?」

ハウプトは机上で両手を組んで、オーベルシュタインの長身を見上げた。

「うむ。…卿は、ミヒャールゼン中将の暗殺事件を知っているか?」

聞いたことがあるような気がした。

「…確か、省内で殺害されたのですね?」

「ああ。犯人も目的も不明のまま迷宮入りした事件だ」

「それが、何か?」

「そのときミヒャールゼン中将の従卒を務めていた幼年学校生が、卿の父君だ。生きている提督を最後に見たのもな」

オーベルシュタインは初耳であった。彼は本当に、父のことなど何も知らないのだ。

「私は父君の二期下だが、幼年学校でもずいぶん話題になったものだ」

ハウプトはしばらく考えていたが、結局、オーベルシュタインにそのまま調査に加わるよう命じた。現時点でデリング輸送基地の関与は不明であるし、彼の代わりの人員を確保することもできぬためである。

その晩、オーベルシュタインは父のことを頭から追い出そうと無駄な努力をしていた。宿舎の二重窓の外では、形の異なる二つの月が砂丘を冷たく照らしている。砂漠には虹色に輝く珍しいさそりが生息するという。

目の前の便箋は、まだ白いままである。翌日帝都に向かう軍事郵袋ゆうたいがあるというので、フランツィスカに手紙を書こうと思ったのだ。たがこれが、なかなかに難敵であった。

 

憲兵隊のハウプト大佐が率いる調査チームは、 被矯正者管理部門の人員が定期点呼のため地表に降りるのに同行して、最初の囚人惑星に降り立った。バッハマンに提出させた名簿によれば、 この1年の間に、ここで化石燃料の採掘に従事していた元叛徒のうち約450名が消えている。

ハウプトは残った者から数名を任意に選んで尋問をした。ここの収容者は下士官と兵卒のみである。ほとんどが帝国公用語が不自由で、彼らの話すいわゆる同盟語も士官学校で訓練を受けたものとはかなり違っており、オーベルシュタインは人の声まねをする鳥としゃべっているような心地がした。

「今、逃げた、と言ったか」

「ン」

「どこへ逃げた」

「知ンね」

「手段は」

「てぃぇごくのふにぇ」

「…。帝国の船、か?」

「ン」

ハウプトは狂人を見る眼差しで隣に座るオーベルシュタインを振り返った。

聞き取りにくい彼らの話を総合すると、今年5月頃に名簿を持った帝国軍人がやってきて、長距離輸送船へ乗り込むよう命じたところ、解放されると思った囚人たちが我先に船に押し寄せて大混乱になり、死者まで出たのという。彼らがどこへ向かったは不明である。

約1000名が消えた二つ目の囚人惑星では、彼らは逃亡したのではなく捕虜交換で帰還したのだという証言が得られた。そのような事実はない、と指摘すると、尋問を受ける元叛徒は日焼けした顔を青くした。

「じゃあ、どこへ行ったんです?」

「それを調べているのだ」

「勘弁してくれよ…」

「質問に答えよ。長距離輸送船で降下してきた帝国軍人はどのような男であったか」

「どのようなって」

「人相、階級、なんでもよい」

「ああ、そういや、フェザーン訛りの同盟語を話してましたかね」

ハウプトとオーベルシュタインは顔を見合わせた。フェザーン出身の軍人は極めて珍しい。フェザーンは帝国領とはいえ、徴兵の対象外である。

「ところで、俺たちゃいつ帰れるんでしょうね」

「本官のあずかり知らぬことだ」

すがるような目で見る若者を、ハウプトはあっさりとした口調で突き放した。

三つ目の惑星は、オーベルシュタインの幼年学校時代の同期、ヘルマン准尉が相談に来た、例の矯正施設である。

「何が起こったか話せ」

「岩を、落ちる」

若い元叛徒は下手な帝国公用語で答えた。ここでいったい何を食べているのか、やけに恰幅がいい。ハウプトが眉をしかめてオーベルシュタインの方へ首を動かす。オーベルシュタインは坑内図を取り出し、元叛徒の帝国語よりはかなりまともな彼らの言語で尋ねた。

「崩落地はどこか」

「え、ええっと…ここ、だったと思います」

小さな爪のついた丸っこい指が第六層あたりを差している。

「間違いないか。卿らに掘り返してもらうつもりだが」

「え? いえ、すみません、俺は現場にいなかったんで、詳しくは知らないんです」

次に話を聞いたのは、先ほどとは対照的に痩せぎすの男で、ハウプトが何も聞かぬうちに大声で泣き出した。

「私も帰りたい。何でも話すから帰らせてくれ!」

この痩せた男によれば、今年の6月に現れた長距離輸送船から降りてきたのは同盟の工作員を自称する者で、完璧な同盟語を話していたという。捕虜をひそかに救出する任務を負っているのだと、その工作員は語り、全員を救出するまで捕虜の脱走が明るみに出ないよう、帝国軍を上手くごまかしてくれ、と要請した。

「それで、鉱山の崩落をでっちあげた、というのか?」

「そうだ…。でももう、待てない」

男は精神に支障をきたしたようなギョロギョロとした目から、また大粒の涙をこぼした。

 

ハウプトとオーベルシュタインの調査は、証言を集めれば集めるほどに謎が深まるようであった。例の長距離輸送船とその乗務員が疑惑の中心であることは確かである。しかしながら、デリング後方輸送基地から転送されてきた直近1年における輸送船の航行データによれば、囚人惑星へ向かった船は皆無であった。

ただ、1隻だけ、元叛徒を積み込んだ時期に重なるようにドック入りしている船がある。ドックはシリウス星系の民間造船所だ。軍直轄の工廠が少ない軍区では、動力や跳躍装置といった基幹部分を除き、補修のかなりを民間に委託しているのだ。

「デリングはシリウスを含む四つの軍区の交差宙域にある。シリウスは言ってみれば最寄りだ。そう不自然なこともなさそうだが」

「はい。しかしながら、この造船所がフェザーン系列というのがいささか気になります」

「フェザーン訛りの帝国軍人、か」

ハウプトのペン尻が報告書をコツコツと叩く。

「仮にこの船が叛徒どもを運んだとしてだ、シリウスはやつらの占拠地とは間逆だぞ」

「確かに」

もし彼らが帰還を目指すならば、航路も定かでない銀河の外縁を大きく迂回せねばならない。

「どうしたものかな」

シリウス方面には、シリウスをはじめ、エプシロン・エリダニ、タウ・セティ、ゾルといった主たる星系と有人無人の多数の惑星がある。根拠の薄い情報をもってこれらすべての星系に元叛徒の行方を追うのは現実的な話ではない。

「言葉もろくに話せぬ者たちが、帝国領内で生きていけるとは思えません。集団でいればなおさら目立つはずです。彼らを庇護する者がいるのは間違いないかと」

銀河帝国は隣人同士が互いに監視し合う密告社会だ。素性の知れぬ者がいればすぐに通報されるはずである。

「あるいは人知れず、革命根拠地でも築いているかな」

ハウプトは笑って見せたものの、その言葉は冗談としては出来の悪いものであった。かつて帝国領内のアルタイル星系から脱出に成功した囚人どもが、今の叛徒の祖先である。

差し当たっては、長距離輸送船に関する更なる調査が必要となりそうであった。

「だが真実デリング基地の輸送船が使われたとなると、卿も心配だな」

「不行届きがあるなら相応の責任を負うべきでしょう」

「何だ、親父殿が嫌いかね?」

オーベルシュタインはむっとした顔をしたのかもしれない。ハウプトは面白そうに笑って、酒でも飲もうと誘った。

この惑星には、歓楽街があるのだ。

 

酒を飲んでいたはずが、オーベルシュタインは、今、とび色の長い髪の女と二人、狭く薄暗い部屋に閉じ込められている。酒場で隣に座った女に手を引かれるままに付いてきてしまったのだ。我ながら脇が甘い。女は露出の高いドレスをまとい、唇と爪を真っ赤に塗り染めている。強すぎる香水のせいで部屋の空気はおかしな味がした。

「すまないが…」

女の人差し指が彼の唇にあてられ、身体をこすりつけるように首に腕が回される。迫りくる唇に、オーベルシュタインは思わず片手を顔の前に突き出し、後ろに身をそらした。入り口の扉に背が当たった。

「あら、恥ずかしいの? 将校さん」

「いくらだ、金は払う」

「…無粋な人ね」

離れていった女は、扇情的な姿勢で堅そうなベッドに寝そべった。

「その気がないなら、何か飲んでお金使ってよ」

赤い爪が棚を指差した。

オーベルシュタインはポケットの中で握った財布を離し、棚から白ビールヴァイツェンの瓶を取り出した。ガタガタと音を立てる机につき、ぎこちなく王冠を開ける。机に伏せてあったグラスを黄色い灯りに透かし見て、また同じ場所に戻すと、瓶口をハンカチで拭ってそのまま飲んだ。知らない銘柄だが、悪くない味だった。

「ふふ、将校さん、お坊ちゃんでしょ?」

と、女は笑った。

「ここまで来て嫌だって言う人には傾向があるのよ。1、潔癖症。2、女を知らない。3、女嫌い、もしくは男好き。4、けち。5、裏切りたくない人がいる。将校さんは、1か…5かしら?」

「誰にでもそう言うのであろう。怒らせる心配がない」

「あら、ばれちゃったわね」

女は誘惑するような視線を送ってくる。

「ねえ、本当にあたしを抱かないの? あたし、頭のいい人好きよ」

オーベルシュタインは黙ってまたヴァイツェンを飲んだ。

「ふぅん、好きな人がいるのね。つまんないわ」

薄い壁の向こうから、淫らな物音と嬌声が漏れ聞こえる。

「だったら、はやくその人と結婚して子供を作るべきよ」

口に運ぼうとした瓶が止まった。

「軍人はあっという間に死んじゃうもの。あたしの亭主も戦争で死んだわ」

「それは…気の毒にな」

娼婦に説教をされるいわれはない、と言ってもよかったが、オーベルシュタインの口からは別の言葉が出た。無能な士官のせいで、と、責められているように感じたのかもしれない。

「子供がいたらよかったって、いつも思うのよ」

「子供がいると、違うか」

「そうね。きっと…生きるのがこれほど、辛くはなかった」

「そうか」

女はけらけらと笑った。

「いやぁねぇ、娼婦の身の上話なんて、話半分以下で聞くものよ」

オーベルシュタインは女の話が嘘だとは思わなかった。彼は、子を持たぬ寡婦は改嫁かいかが容易だと思っていたところがある。たがもし子供がいれば、この女は身を売ることもなかったのではないか。そう思うと哀れであった。

「少尉さんは、何しにこの星に来たの?」

「軍機だ」

「あら、てっきりサイオキシン麻薬のことを調べに来たんじゃないかと思ったのに」

オーベルシュタインは黙って女の表情を伺う。

サイオキシン麻薬は、帝国最大の禁製品である。使用、所持、流通、製造等、それにかかわるすべての行為が死刑に処せられる重犯罪だ。

「先月ね、麻薬中毒で死んだ仲間がいたの。医者は何も言わなかったけど、あれはサイオキシンだってみんな噂してる」

「ここで手に入るのか?」

「さあ、聞いたことはあるけど、見たことはないわ。あ、でもそのはどこだったか、遠くの星から流れてきたばかりたったのよ」

「どこの星だ?」

「忘れちゃった。でも確か、シリウスを経由して来たって言ってたわね」

――また、シリウスか。

「シリウスに注意せよ」という言葉が盛んに唱えられたのは、今から千年ほど前のことであったか。オーベルシュタインは一瞬、人類揺籃の地がたどった歴史に思いを馳せた。

バイツェンがなくなったところで、オーベルシュタインはもう一度値段を聞いた。女が怒ったように眉を上げる。

「授業料だ。ためになる話を聞かせてもらった」

黙って3本立てられた指を見て、オーベルシュタインは300帝国マルクにビール代を机に置いた。女はベッドから立ち上がり、オーベルシュタインの頬を指でなぞるとそこに赤い紅の跡を残した。

「あら、将校さん、義眼なの?」

「ああ」

「気づかなかったわ。すごく優しい目だったから」

そう言って、女は思いがけす清純な微笑みを見せ、ドアを開けてオーベルシュタインを外へ押し出した。

――優しい目…。

閉ざされたドアを肩越しに振り返り、オーベルシュタインはこの目が好きだと言って泣いたフランツィスカを思い出した。誰もがみな、一片の感情も宿さぬ冷徹な目だと言う。だが寂しい心を抱えた者には、むしろ優しささえ感じる目に映るのだろうか。

青碧の瞳が懐かしくてならなかった。

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