Die Mörder sind unter uns (2)

帝国暦473年1月7日

憲兵隊本部に現れたオーベルシュタイン少尉を見て、ハウプト大佐は一瞬言葉を失った。こうして直接顔を合わせるのは1か月ぶりだが、全く印象が変わっている。もともと決して人好きのする男ではない。しかしこのように、人に不吉な印象を抱かせる雰囲気を持っていたたろうか。感情のない薄茶色の瞳がかつてなく不気味に見えた。

「卿は…、どこか具合でも悪いのではないか?」

言葉を選んで発せられたハウプトの問いを、オーベルシュタインは低い声で短く否定しただけだった。

「ああ、まあいい。実はな、まだおおやけになっておらんが、卿の父上が拘禁された」

任地へ戻るため軍港へ赴いたところを、憲兵に同行を求められたのだという。オーベルシュタインは顔色一つ変えなかった。

「容疑は何ですか?」

「輸送船の私的使用だ」

「なるほど」

昨年、叛徒の矯正施設から囚人が大量失踪する事件が起こり、ハウプトとオーベルシュタインが調査に赴いた。調査の結果、その失踪にデリング後方輸送基地の長距離輸送船が使われたらしきことが明らかになったのであるが、そのデリングの責任者が他ならぬオーベルシュタインの父である。

「不審死をとげた被矯正者管理部長がおったろう。彼が死ぬ直前にフェザーンの造船会社と接触を持っていてな。そのフェザーン人は卿の父上とも何度か面会していた。それで奴に便宜を図って軍船を使わせたのではないか。と、いうのが表向きの理由だ」

ハウプトはそこで一度言葉を切って、誰もいない室内にちらと視線をはしらせ声をひそめた。

「父上はサイオキシン麻薬製造への関与を疑われている」

突然飛び出してきた帝国最大の禁制品の名に、オーベルシュタインもさすがにハウプトの目を見返した。

「卿は、シリウス方面のサイオキシン麻薬に関する報告を上げただろう?」

確かにオーベルシュタインは、ある娼婦から聞いた噂を報告した。サイオキシン麻薬は重犯罪である。取るに足らぬ噂であっても、耳にした以上は報告を要するだろうと判断したのだ。

「それに憲兵隊の麻薬取締班が目を付けてな。どうやらシリウス方面で同盟語を話す麻薬中毒者に会ったという噂が複数あるらしい。もっとも噂だけで、中毒者本人に直接会ったという者は見つからんようだが」

「つまりフェザーン人を仲介役としてデリングの輸送船で反徒を運び、サイオキシン麻薬の製造に従事させた、と。麻薬取締班はそう考えているのですな」

「そのとおりだ。奴らがその気になれば、無から有を生じさせることもできる。オーベルシュタイン、父君は危ないぞ」

ハウプト大佐は、好意で父のことを伝えてくれたようであった。二人がそろって会議室を出たところで、よく通る豊かな声が長い廊下の向こうから響いてきた。

「よく考え直されたほうがいい。これは内務尚書の意に背くことですぞ」

声の主は閉まったドアにいくつか悪態をついて、横を通り抜けて行った。あまり背の高くない男である。その声にそぐわぬ、赤子のような顔立ちが人にアンバランスな印象を与える。まだ20代半ばであろうに、すでに頭頂がかなり寂しくなっていた。

「社会治安維持局だ」

ハウプトが男の背中に忌々しげな視線を送りながらオーベルシュタインに告げた。

「鼻のいいやつらだ。サイオキシンの臭いを嗅ぎつけてきたらしい。捜査権限を渡せというのだろう」

「では父の身柄はあちらへ移りますか?」

「いや、容疑者が卿の父上であることも知らぬはずだ。それに奴にそんな力はあるまい。内務尚書の犬のそのまた犬にすぎん。もっとも内務尚書は就任から1年あまり、いまだこれといった業績を上げていない。先だってもカストロプ公を逃したばかりだしな。ここらで一つ、華々しい成果を挙げたいのは事実だろうが」

オーベルシュタインはハウプトに礼を言って憲兵隊本部を後にした。父の身の上になど何の同情心もわかなかった。

 

それから数日後、オーベルシュタインは憲兵隊本部から父を収監した旨の正式な通知を受け取った。同時に、父が面会を希望しているとも知らされた。

父と顔を合わせるのは、あの夜以来である。

彼の妻を無残に殺した男には、多少の憔悴がみられた。とはいえ士官でもあるし、子爵の爵位を持つ貴族でもあるから、それなりの待遇を得ているようだ。強化ガラス越しではなく、収監中の個室に入ることが許された。せいぜい、幽閉と言うべき扱いである。

「どのようなご用でしょう」

オーベルシュタインは父と目を合わそうともせず椅子に座った。軍帽を机に置き、注意深くその位置と角度を調節する。

「私の容疑について、何か聞いているか」

「憲兵は何と?」

「指揮下にある輸送船がフェザーン人の手で俘虜の輸送に使われたそうだ。それで私がフェザーン人から何かしらの利益を得たのではないか、などと抜かしておる。まったくもって事実無根だ!」

父の拳が大きな音を立てて机を打ち、ワインのグラスがわずかに浮いた。息子の目は、軍帽の帯に付けられた双頭の鷲の徽章に注がれたままだ。

「父上。信頼のおける法務士官を弁護人に立てられたほうがよろしいでしょう」

「法務士官だと? 私が起訴されるとでも言うのか。この程度のことで」

「父上の容疑は、サイオキシン麻薬にかかわるものだと聞いています」

「何だと!?」

子爵は一瞬呆気にとられ続いて大声で怒鳴ったが、ようやく事の重大さを悟ったようで、まるでピアノの鍵盤でも叩くように五本の指を机上でばたばたと動かした。そして気を落ち着かせるためワインを口に含み、顔色も目つきも悪い息子の冷静な表情を見ながら飲み下した。

「冤罪だ」

オーベルシュタインは黙って軍帽の徽章を見つめ続けた。衝動的に息子の妻を殺し、共和主義者だと言い募った父が、冤罪などという言葉を口にするとは噴飯ものである。

確かに士官には、社会不安の要因となる可能性がある者に対し予防検束を行う権利が与えられている。だが、無抵抗の者をその場で射殺してよいわけではない。

そう言ってやりたかった。しかし彼は沈黙を保った。父に余計な口をきかぬのは、幼少期から培われた自己防衛であったかもしれない。自身の無抵抗主義的態度が妻を死に至らしめたのだと、彼はよく分かっている。にもかかわらず、やはり父に対して何も言い返せないのである。

「樫之木館アイヒェンバウム・ハオスに赴き、ホーエンローエ退役大将にご助力を願え」

「…はい」

立ち上がった息子を父が呼び止めた。

「パウル、すまなかったな。クラヴィウスの娘をお前の嫁にしたは、私の誤りであった。案ずるな、次は必ずよい娘を見つけてやる」

オーベルシュタインは全身の毛穴がぞわりと粟立つのを感じた。怒りと憎しみが吹き出してきたかのようだった。返事もせずに退室し、両の拳を握り込んで憲兵隊本部の暗い廊下を早足で進む。軍靴がカツカツと高い音を立てた。

もし彼の姿を見る人があったなら、軍帽の影に光る義眼にさえはっきりと浮かんだ殺意を容易に読み取ることができたであろう。

 

樫之木館アイヒェンバウム・ハオスは山荘風のこぢんまりとした家であった。格子と斜交はすかいが組み合わさった木組みの外観には数学的な美しさがある。何より人目を引くのは、館の入口にそびえ立つ樫の巨木だ。冬も葉を落とさぬ樫は、冷気を全身に浴びながらもなお瑞々みずみずしくあった。

オーベルシュタインは館を凝視し、腹から白い息を吐き出すと、呼び鈴を鳴らして案内を乞うた。

応接室は暖炉に火が入れられ、木の燃える音と香りが心地好く部屋を満たしていた。棚には趣味のよい磁器が何点か並んでいる。オーベルシュタインは空気に乗って流れる細かな煤に何度か目をしばたかせた。

「よくきたね」

「突然の訪問にもかかわらずお時間を頂戴し恐縮です、ホーエンローエ閣下」

「なに、年寄りは暇だから」

老人・ホーエンローエ退役大将は優しげな目つきと声音でオーベルシュタインを迎えた。

「父親にあまり似ておらんね。卿の奥方のことは聞いたよ。若いのに残念だ」

「痛み入ります」

オーベルシュタインは慇懃に答える。

「それで、今日はどうしたかな?」

「はい。実は、父が憲兵隊に拘禁されました。容疑は輸送船の私的使用です」

ホーエンローエはオーベルシュタインの説明を聞き終わると、サイドテーブルの茶を一口飲んだ。

「その程度ならば心配あるまい。卿の父君は爵位を持つ貴族でもある。憲兵隊も分かっておろう」

地位と権力があれば特別な扱いがなされて当然であると疑いもしない。オーベルシュタインはおそらく生まれて初めて、そのことに強い反感を持った。そのような不平等が、この国では当たり前に許されるのだ。

「しかし閣下。内々に聞き及ぶところでは、父が拘禁されたのには他の理由があるようなのです」

チリンと鈴の音がして、どこからともなく現れたシャム猫が老人の足元にすり寄る。

「憲兵隊は父の口から閣下の名を聞きたいのではないかと」

ホーエンローエは探るような目でオーベルシュタインを見たが、その義眼からは何も読みとることができなかった。

「それが事実なら困ったことだ。だが構わんよ、私は無関係だ」

「父の真の容疑がサイオキシン麻薬にかかわるものであってもですか?」

オーベルシュタインの言葉は、鋭いやいばとなってホーエンローエに切りかかった。

「閣下。閣下はサイオキシン麻薬の疑獄に引きずり込まれようとしておりますぞ」

サイオキシン麻薬。それは銀河帝国最大の禁忌である。ひとたびサイオキシン麻薬に関する容疑をかけられては、絞首刑への階段に一歩足がかかったに等しい。憲兵隊はあらゆる手段を用いて目の前の青年の父親に自白を迫るだろう。

「ほお」

ホーエンローエの皺だらけの指が猫の耳裏をなでるたび、猫は機嫌よさげに喉を鳴らした。

「父は昨年、サイオキシン麻薬から得た利益の一部を閣下に上納しておりますな」

「それこそ身に覚えのないことだ」

「お忘れですか? 閣下は父から180万帝国マルクを受け取られたはずです」

「オーベルシュタイン、卿はどうかしたのか。あれはクラヴィウスの娘…」

「そのような者が存在したことを示す証拠はどこにもありません、閣下」

オーベルシュタインの低く乾いた声が老人の言葉をさえぎった。「証拠はない」と自らの意思で口にしたにも関わらず、彼はまた胸の内の空洞が広がったように感じた。

強い風が窓をかたかたと鳴らし、猫が窓の方へ顔を向けて抗議するような声を上げた。ホーエンローエは若者から目を反らし、宥めるように猫の背をなでた。亡きクラヴィウス子爵の娘を帝国貴族系譜簿へ記載させなかったのは、彼自身である。素性に知れぬ女の生んだ娘をクラヴィウス子爵家の相続人にするわけにはいかぬ。又姪をクラヴィウスに嫁がせるにあたり、彼はそう考えた。典礼省の役人に金をやり、電子情報のみを操作させたのだ。

そしてホーエンローエは、昨年初めに宮内省の官吏が寵姫を求めてこの館を訪れるまで、そのことをすっかり忘却していた。さすがに戸籍も持たぬ娘を後宮に上げるわけにはいかない。そこそこの貴族の家ならば、戸籍の不備など金でいくらでも解決するだろうと思い、このオーベルシュタイン家とクラヴィウス家との婚姻を取り持ったが、かたや劣悪遺伝子の保有者、かたや無戸籍者、と、典礼省の小役人には金のなる木に見えたものとみえる。あれこれと理由をつけては届出を受理せず、そうこうするうちに娘が死んでしまった。いや、この若者の父親が殺したのだ。

「あの金がサイオキシン麻薬の上納金であることを隠すために架空の貴族令嬢を作り上げ、婚資の名目で金員の授受を行った。クラヴィウス子爵はそれを知って抗議したゆえにエルベ川へ突き落された。我が父は、内実を承知している身元の知れぬ女の口を封じようとこれを殺害した。そういうことでございましょう」

暖炉の火に反射するオーベルシュタインの義眼が恐ろしい光を放っている。

「なるほど、よくできた脚本シナリオだ。私がすべての黒幕ということか。作者は卿かね? 父に似ず明敏な質のようだな」

若者は薄く笑ったように見えた。

「だが考えてもみよ、卿の父の供述だけで私に類が及ぶとも思えぬ。私が彼をかばって下手に口を出せば、かえって疑いを招くだけであろうよ」

「閣下。閣下は何か勘違いをなさっておられる。私は父を助けていただきたくて、ここへ参ったのではありません。ただ閣下におかれてはそろそろ、名実ともにご隠居なさってはいかがか、と」

「面白いことを言うね」

「社会秩序維持局が父の身柄を引き渡すよう求めております。内務尚書リヒテンラーデ侯は、我が父を餌に、閣下を釣り上げる腹ではないか、と」

「ほお。卿はその脚本を奴らに売るつもりか」

沈黙の中、暖炉の火が天井にゆらゆらと模様を描き続ける。オーベルシュタインは義眼を刺激する細かな煤の不快に耐えた。

「もう人の人生を弄ぶのはおやめいただきたい。それだけです」

この老人の仲立ちで、フランツィスカは彼のもとに嫁いできた。そして彼らは二人とも、この老人から与えられた人生を大切にしようとしていた。操り糸に繋がれていることに気づかぬマリオネットのようなものだ。悲しく、愚かだ。

「オーベルシュタイン、私は今の生活をとても気に入っているのだよ。誰かに頼られ、力になってやれるというのは、孤独な老人には数少ない喜びだ」

「力になる、ですか。閣下はそう言ってミヒャールゼン中将を暗殺させたのですか?」

それはオーベルシュタインが突き立てた第二のやいばであった。

「閣下、ケラー氏をご存じですな?」

シャム猫が老人の膝の上から飛び降りて走り去った。

「防諜研究所で暗号開発をしていた男です。ミヒァールゼン中将の暗殺にかかわる証人として、私が確保しています」

 

元日の当番出勤日に、オーベルシュタインは過去の将官録を閲覧した。ミヒャールゼン中将が軍務省内で殺された当時、このホーエンローエ老人は中将の階級にあり、人事局の次長であった。

ガランとした課室で、彼は考えた。

軍内で、ミヒァールゼンが叛徒への内通者ではないかと疑われていたが、証拠は掴めなかった。ホーエンローエはまず従卒の幼年学校生を通じてミヒャールゼンを監視させた。帝国の正義を信じ、共和主義者を憎む、狂信的なまでの体制信奉者の少年だ。一方で、共和主義にシンパシーを感じているらしい軍人が防諜研究所に在籍していることを突き止めた。ケラーである。彼は内通の共犯ではないことを証明するため、ミヒャールゼンを殺さねばならなかった。

その日、ホーエンローエは故意に誤った人事異動を発表して省内に混乱を引き起こした。それに乗じてケラーにミヒャールゼンを殺させる計画である。だが、ケラーがミヒャールゼン提督の執務室で発見したのは、ブラスターを握りしめた従卒と机に倒れ込んだ提督であった。もちろんその従卒とはオーベルシュタインの父だ。ミヒャールゼンに帝国と皇帝に不敬の言があったのかもしれない。

「何の証拠もない。卿の妄想にすぎぬ」

「確かに。ですが人は、あらゆる仮説の中から一番もっともらしいものを選び、それを信じるものです。憲兵隊は信じるでしょう。社会秩序維持局はさらに尾ひれをつけることでしょうな」

ホーエンローエは冷たくなった茶を飲みほした。

「父親の件はどうするつもりかね?」

「父のことは私にお任せくださって結構。私とてサイオキシン麻薬などのために連座するのは不本意ですので」

暖炉で暖められた空気が凍りつくような、冷たい声であった。

「親の心、子知らず、とはよく言ったものだな。彼はあれほど卿を愛しているというのに」

「逆もまたしかりです、閣下。父は私の心など知ろうともしませんでした」

「卿の心?」

「私が妻を愛おしく思っていた、ということです」

言葉とは裏腹に、その義眼は何の感情も映しておらず、声も冷たく渇いたままだった。ホーエンローエは無言のまま燃え盛る火を見つめた。内心、激しく動揺していた。

――この男も大切なものを奪われたか。その憤怒を胸に生きるか。

彼にも若くして命を落とした妻があった。半身をもがれた喪失感は50年が経った今も消えることはない。その寂寥が彼を動かす原動力であったのだろう。彼を頼り、周囲に集まる者たちによってその寂寥を埋めてきたのである。

「よかろう。私はオーディンを離れることにしよう」

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