Die Mörder sind unter uns (4)

帝国暦473年1月31日

両親の埋葬を終えると、オーベルシュタインはすぐさま帝都から顧問弁護士と顧問会計士を呼び寄せ、泊りがけで帳簿を詳査させた。かつてオーベルシュタインが疑念を抱いたとおり、子爵家の家財のうち相当数において現物と帳簿との不一致が見られた。骨董や銀食器の類は使用人たちの手によって売り払われたものと容易に想像がつくが、確たる証拠があるわけではない。ただ、子爵家の財産に対する管理不行届は明らかであった。

オーベルシュタインによって広間に集められた使用人たちは、後ろ暗いところがあるのだろう、一様に青い顔をしてそわそわと落ち着かなかった。

「オーベルシュタイン子爵家は我が父の代で終わった」

オーベルシュタインは、彼が襲爵を辞退すること、城は買い手が見つかり次第売却すること、そして領地は墓所をのぞいてすべて帝室へ献納することを通達した。使用人の間にざわめきが波のように広がった。突然の解雇である。

ラインスドルフ弁護士が深刻な表情で告げた。若奥様が共和主義者であるとして処断され、子爵は軍内部のごたごたに巻き込まれて自害なさった。一介の使用人とはいえ、社会秩序維持局から何らかの関与を疑われるやもしれない。また、君たちには財物窃取の疑いがある。貴族の財産に対する窃取は、他の場合と比して罪が重いのがこの国の定めだ。追及することもできるが、これまでオーベルシュタイン家に仕えた功績に報いるため罪には問わぬと若様のご温情である。敢えて紹介状は出さぬから、オーベルシュタイン子爵家で働いた経歴を隠し、前職については沈黙を守るとよい。それが最大の自己防衛となるだろう。

数日のうちに、すべての使用人が城を出てほうぼうへと散って行った。社会秩序維持局などとかかわっては命がいくらあっても足りない。自分自身はおろか、一族すべてが投獄されぬとも限らない。その恐怖が彼らに、オーベルシュタイン家との係わりをあっさりと絶たせたのである。

城内のことを片付けるのと同時に、オーベルシュタインは子爵家の所有する石灰石鉱山の始末をすすめた。鉱山の土地と所有権は帝室に納めず、株式会社化して領民たちに経営させることとした。領民の暮らしが立つようにしてやって欲しいという、母の遺志に沿ったつもりである。

鉱山責任者のハンケは、子爵夫妻の突然の死とクライデベルクがやがてオーベルシュタイン家の所領ではなくなることに驚愕し、領民自らが鉱山経営をするよう言われて硬直した。いきなり自活しろと言われてすぐさま適応できないのは、貴族も平民も同じことだ。

会計士から株式会社化の手順が説明された。まず、帳簿から算出した鉱山の現有価値に基づき株式を発行する。城の売却益から領民ひとりあたまいくらと定めて一時金を渡し、そのうちより彼らに持分を引き受さけせる。当面はオーベルシュタインが持分の51%を保有し、5年後から毎年5パーセントの割合で売却をすすめ、15年後に売却が完了する予定とする。持分譲渡が完了するまでしばらくはオーベルシュタインが最大の株主であることに変化はない。この期間に自主経営に慣れさせようという措置だ。

北方石灰石採掘有限会社ノルド・カルクシュタインアプバウ・ゲーエムベーハーは、こうした経緯で設立された。ハンケがどうしてもというので、オーベルシュタインは子爵家の紋章の一部を社章として用いることを許した。

城は意外にも早く売却先が決まった。売価は内部の家財を含めて1200万帝国マルクである。買手はある有力な貴族で、愛人のために買ってやるのだということだが、帝都からの距離と過酷な気候を嫌い、彼女がここに住むことはなさそうだ、というのが周囲の一致した見方であるらしい。城は、ただ朽ちていくだけの運命にあるようだ。

オーベルシュタインはこれらすべての案件を一切の滞りなく、想像しうる限り最大限の効率性を維持して片付けてしまった。ラインスドルフ弁護士がその処理能力の高さに舌を巻いたほどてある。彼の見るところ、オーベルシュタインは必要なものを瞬時に選び取り、問題のありかを探りあて、それを解決する道筋をほとんど直感的に見つけてしまう。そして、解決方法をこれと決めれば、周囲への顧慮など微塵もなく、ただ答えの見えた方程式を解くように、淡々と、かつ、着実に実行していくのであった。

 

城を離れる前夜、オーベルシュタインは自室のカウチに寝そべって外を見ていた。氷の張った湖が星明りの下でぼんやりと輝いている。湖をわたる風が窓を強く鳴らし、彼の胸に開いた穴を吹き抜けていく。私はいつもこの風の音を聞いていたな、と、オーベルシュタインは思った。あの秋の夜、一度は彼女が塞いでくれたこの穴は、今、更に大きく口を開け、通り抜ける風の冷たさに身も心も凍りつくようだ。

「フランツィスカ」

低く乾いた声が、答える者のない名を小さく呼んだ。彼にとって鋭い痛みを伴った、それでも愛おしい名であった。右手が無意識に左薬指を探っている。指輪は彼女を埋葬した日から抽斗にしまいこんだままである。

爵位を継承せぬことは貴族にとっては重い決断だ。爵位を有無はこの国における地位に大きく影響する。特権を失うことでもある。たが彼に後悔はなかった。爵位の継承は血の継承と同義である。むしろ彼は、オーベルシュタイン家の血が途絶えることに安堵さえした。

ふいにオーベルシュタインの耳にこだまする歌があった。かつてこの場所でフランツィスカが歌ってくれた歌だ。

 

緑の森の小さな雛は 高い梢の暖かいおうち

楽しい夢を見てすやすや眠る

優しいお母様の羽の下

風も雷も怖くない 狐も狼も怖くない

 

彼はとうとう正しい音程を覚えられなかった。もう二度と聞くことはない。そう思うと、寂寥がつのった。

誰が彼女を殺したのか。

ブラスターの引き金を引いたのは父である。そばにいながらみすみす死なせたのは執事夫妻である。婚姻を取り持ったのはホーエンローエ退役大将である。

――違う。私自身だ。

何の感情もない相手との結婚を黙って受け入れた。子を生すことを拒み、父と向き合うことから逃げた。あの日あと5分早く帰宅していれば。クライデベルクに帰ると言っていれば。彼女が命を落とさずにすむ分岐点はいくつもあった。彼はそれをことごとく間違えた。為すべきことから目をそらし、言うべきことを口にしなかった結果、大切なものを永遠に失ったのだ。

もし生まれたときに処分されていれば、こんなことにはならなかったはずだ。 劣悪遺伝子を忌避するこの社会で、障害を持つ者が人並みに生きようなどと無理をしたために生じた悲劇である。劣悪遺伝子の保有者にはもとより生きる価値などない。

ならば遺伝子で人の優劣を決めたのは誰か。銀河帝国の開祖・ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムである。オーベルシュタインの生は、その誕生時から、ルドルフの落とす暗い影の中にある。むしろオーベルシュタイン自身がゴールデンバウム王朝の負を抱えた影そのものだ。その影に彼女を取り込み、消し去ってしまった。突き詰めれば、劣悪遺伝子という思想が、フランツィスカの命を奪ったのである。

――しかし彼女は。

遺伝子がすべてを決めるなど誤りだ、と、フランツィスカは言った。この国の価値観から自由な人であった。彼女の存在がオーベルシュタインにはどれほどの救いだったことだろう。

生きることを拒絶される社会は間違っている。どんな生まれであっても、せめて同じ出発点に立てるようにすることが社会の果たすべき責任だ。出自によって生涯をしばってはならない。

その考えに至り、オーベルシュタインは急に視界が晴れるような思いがした。

――そんな単純なことだったのか。

と、オーベルシュタインは思った。なぜ今まで気づかなかったのか、不思議でならなかった。

『あなたの目は、数理の法則と同じ。何に対しても等距離で、公平な目』

あの夜、このカウチで、彼女はそう言ってくれた。フランツィスカが見つけてくれた彼の価値だった。持つ者にも持たざる者にも、この世を支配する数理の法則のように平等な世界が欲しい。いや、そのような世を創りたい。

――この私にできるだろうか。

妻を守ってやることができなかった男だ。父をおとしいれて死に追いやり、母は彼のために薬石を拒否し続けた。家族というべき人は、皆、彼のために命を落とした。

私にその力はないかもしれない。だが、力を持つ者を探し出し、その補佐をすることはできるだろう。この国はもはや手遅れだ。新しい芽を見つけなければならない。それこそが私の生きる道に違いない。

それは、オーベルシュタインが初めて自発的に望んだものだったかもしれない。

 

天と地の境目がうっすらと明るくなり、また新しい一日がやってくる。この朝、城門を固く閉ざして城を出たパウル・フォン・オーベルシュタインは、その長いとはいえぬ生涯において、二度と故郷の地を踏むことはなかった。

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