Neue Reich im Jahre Null (2)

軍務尚書オーベルシュタイン元帥は、執務室にハウプト中将の訪問を受けている。彼ら二人は、オーベルシュタインが任官から半年に満たぬ新米少尉であった頃、ともに辺境の捕虜矯正施設へ調査に行ってからの付き合いである。ハウプトはまもなく軍を退き故郷の惑星へ帰るというので、挨拶に訪れたのであった。

尚書秘書官のシュルツは、意外な思いで二人の面談を設定した。軍務尚書という人は、こうした実の伴わぬ儀礼的な付き合いをにべもなく断るのが常である。

「彼らも中将のように、潔く自らの進退を決めてもらえるとありがたいのだがな」

ハウプトがひととおり別離の辞を述べたのち、オーベルシュタインは低くよく通る声でつぶやいた。尚書の言う「彼ら」が軍務省の抱える余剰の高級士官のことであると、ハウプトはすぐに了解した。人事局長まで務めた男である。人を切ることの難しさはよく承知している。

3週間ほど前に至尊の冠を戴いたばかりの皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムは、とかく無能者に厳しい。前王朝で独裁体制を敷いた後、佐官以上の人事を一新し、不要とみなした者をすべて尚書官房付き・出仕無用の扱いとしてして、事実上、軍から放逐した。官房付きは本来、次の役職が定まるまでの待命ポストであるが、この場合は、無役・無期限の自宅待機である。軍務省内に執務机すらない。

この若い独裁者は、年齢の高い者たちをひとまとめにして役立たずと断じる傾向がある。オーベルシュタインから見れば無能なら無能なりに使い道もあろうと思うのだが、皇帝はそうした迂遠なことを厭い、即位後直ちにこれら官房付きの軍人を予備役に編入してしまった。今後は召集に応える義務も負わない。彼らの多くは、自ら望んで軍籍を離れていった。高齢の士官らのほうにも、長年ゴールデンバウム王朝の禄を食んできたという自負があり、今さら年若い提督たちの下につくことをよしとしなかったのだ。

だがそれでも、残った士官は数個大隊に及ぶ人数である。退役するにはまだ若く、かといって今の帝国軍では必要とされない一群であった。軍人とはつぶしがきかない職業だ。下手に野に出して地方反乱だとか宇宙海賊だとかを指揮されても困る。国家財政が潤沢である今、それなりの金銭補償を与えて一気に整理をすすめたいというのが、軍務尚書の希望するところだ。

「そうですな。せいぜい私のほうで焚き付けて共に去らせることにしましょう。ローエングラム王朝に仕えたとて、どうせ厄介者よばわりされるだけなのだ」

ハウプトは自らの境遇をあっさりと受け入れた様子であった。オーベルシュタインはその言葉に小さくうなずいてコーヒーをすすった。この男ならば彼らをうまく説得できるだろう。ハウプトは話題が豊富で、話しぶりも上手い。誰にどんな内容を話すか、何をどう言えば自らの思いどおりに人を動かすことができるか、ちゃんと計算ができる男である。

自身もかつてハウプトの言葉に乗せられたことがある、と、オーベルシュタインは自覚している。今となっては、オーベルシュタインを捕虜矯正施設の調査に同行させたのも、あの樫之木館アイヒェンバウム・ハオスの老人を釣り上げるためだったのではないか、という気さえする。あるいはハウプトは、リヒテンラーデ侯の意を受けて動いていたのかもしれぬ、と。

皇帝はハウプト中将を評価していないようだが、オーベルシュタインは違った。彼は時折、奇妙な人事をした。ビッテンフェルトを皇帝の艦隊に付けたり、メックリンガーを参謀に据えたり、といったのがそれである。明らかに、皇帝の役に立ちそうな人間を選んでは傍らに送り込んだ節があった。

 

オーベルシュタインがラインハルトの名を聞いたのも、やはりハウプトの口からであった。5年ほど前であったか、またしても上官との折り合いが悪く、役を解かれたオーベルシュタインが、当時人事局長であったハウプト中将と面会した折のことだ。

「卿はまた官房に戻ってきたのか」

「自ら求めてのことではありません」

「愛嬌が足りんのだ。昔は卿にも可愛げがあったがなぁ」

「三十を過ぎた男にそのようなものがあっても仕方がないでしょう」

オーベルシュタインは一切顔色を変えずに、ハウプトの冗談口を受け流した。

「次は憲兵隊にでも行ってみるか?」

「空きがあればどこへでも」

「やれやれ。その態度がいかんというのだ」

王朝の打倒を決意したあの日以来、オーベルシュタインはこの国に変革をもたらしうる人間を探し続けた。彼が生涯をかけて仕えるに値する覇者を求め、有力者の会合にはすすんで出席したし、士官用の酒場にも出入りした。だが、見つからない。異動でまた他の人材を見る機会が得られるならば、それでよいのだ。

「しかしまあ、今の帝国軍で最も可愛げがない男といえば、ミューゼル少将をおいて他にあるまいな」

「ミューゼル少将?」

「知らんか? 先ごろ若干18歳で少将に叙せられた坊やだ。顔はそれなりだが、とにかく可愛げがない」

「十八で少将とは驚きますな。なぜそのような人事が可能なのです?」

「うむ。奴は陛下の御寵愛を受けるグリューネワルト伯爵夫人の弟だ」

「貴顕の後ろ盾がある、と」

オーベルシュタインのひんやりとした口調に若干の嘲笑が混じる。

「いや、あれはそうではあるまい。実際にかなりの武勲を立てている。伯爵夫人からは何も言ってこない」

「そうは申しても、武勲一つに一階級の昇進がついてきては、我が軍は元帥だらけになりましょう」

「確かにな。つまるところは卿と同じで、上官に厄介払いされておるのさ」

「その割には、私の階級は一向に上がる気配がありませんが」

ハウプトは声を立てて笑った。

「そのミューゼル少将だがな、先日、自身の副官を昇進させぬとは何事か、と、ねじ込んできた」

「副官?」

「それが幼年学校に入る前からの親友だそうだ。任官以来、ずっとミューゼル少将の副官を務めている。こちらは正真正銘、伯爵夫人の介入人事だ」

「なるほど。それで、昇進させておやりになった?」

「まさか。そんなおかしな人事ができるか。昇進させるなら卿の副官の任を解く、と言ったさ」

「ミューゼル少将は、なんと?」

「あきらめたようだな」

「ほう…」

――あきらめた、か。

どうやらその親友がミューゼル少将とやらの泣き所のようだ。一度会ってみるのもよいか、と、オーベルシュタインは思った。

それが実現したのは数年後、ローエングラム侯の元帥叙任式においてである。

 

コーヒーの最後の一口を飲み干したハウプトは、軍務尚書に辞去の意を告げたが、立ち上がろうと浮かせかけた腰をもう一度椅子に落ち着けると、

「ときに閣下、あの花とケーキはどうなさいましたかな?」

と、唐突に問うた。

オーベルシュタインはコーヒーカップの取っ手にいくどか親指をすべらせた。ハウプトと出張に行って戻った軍港で、彼はこの男に言われ、強引に花とケーキを買わされたのだ。そのことであろう。

「家の者に渡した。喜んだようだ」

ハウプトは意外そうな顔をして、それは結構ですな、と答えた。

「私のほうこそ、中将に聞きたいと思っていたのだ。なぜあのように強く購入をすすめたのか、と」

「鈴蘭の香水がしたものですから」

「鈴蘭…」

ハウプトは、オーベルシュタインの義眼にぼやりと感情めいたものが浮かぶのを見たように思った。

「出立の朝、軍務省差し回しの地上車がまず閣下のご自宅へ寄り、それから小官の官舎に回りましたな。あの車に乗り込んだとき、わずかに鈴蘭の香水が香ったのです。若い娘がつける香水だ。それで、この若者は誰かを抱きしめて別れを惜しんだのだろう、と、そう思ったのです。どうです? 私の観察眼もなかなかのものではありませんかな?」

オーベルシュタインは何も答えなかった。

鈴蘭の香水。

彼は今もまだ、その残り香の中で生きている。

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