Unter dem Siegel der Verschwiegenheit (2)

新帝国暦2年9月

皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムは、文化的生活を送るのに忙しい。側近の目には、皇帝がそのような生活を心から愉しんでいるようには見えなかったが、皇帝の近況を伝えるそれらの報道は、戦争に倦みつかれた全宇宙の人々に、一定の安堵感をもたらした。いずれ皇帝は、イゼルローンに立て籠もる共和主義者を討伐するため、軍を動かすことになるだろう。だが宇宙は、この若者の手に帰したことで、ひとまずの平和がなったのである。

その夜、フョードロフ不動産前オーナーの未亡人であるフランツィースカ・フョードロワは、オペレッタの招待状を書いていた。彼女は戦災孤児を支援する団体を主宰している。このオペレッタは、団体の運営資金を集めるためのチャリティ公演だ。宛先は軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン。軍の重鎮は近頃よく皇帝のおともで劇場や美術館に足を運んでいるようだが、ついぞ軍務尚書の名前を見たことはない。もしオーベルシュタインを招くことができれば、かなりの宣伝効果を得られるはずた。

だが、オーベルシュタインはおそらく来ないだろう、とも、彼女は思っている。戦災孤児を作り出す元凶は軍である。そのトップであるところの軍務尚書が戦災孤児支援のチャリティに顔を出すというのも、何かおかしなことのような気もする。そもそも、軍務尚書の職責は軍政を滞りなく運行することであって、弱者救済は民政省の管轄である。そうした意味においても、オーベルシュタインの出席は筋が違う話だ。彼ならそう言うだろう。

ヒョードロフ夫人がオーベルシュタインの面白みのない顔を思い出し、口元に笑いを浮かべたとき、部屋の回線が小さな電子音を立てた。軍事用を民間転用した秘匿回線である。このラインでアクセスしてくる者など、ほとんどいない。訝しがりながら接続ボタンを押した彼女は、思わず大きな声を上げた。

「まあ、ドミニク!」

ビジフォンの向こうでは、細面の美しい女が微笑みを浮かべていた。

「こんばんは、先生」

「久しぶりね。元気だった? 今、どこにいるの?」

女、ドミニク・サンピエールは、視線をそらせた。

「しばらくフェザーンを離れるの」

「フェザーンを? そう…。ルビンスキーさんと赤ちゃんも、一緒なの?」

「え?」

「この間は驚いたのよ。いきなり看護師だとか、産着だとか言い出すのですもの。お父様はやっぱりルビンスキーさんなのかしら、と思っていたの」

 

初夏の頃であったか、今のように突然連絡をしてきドミニクは、意外なものを手配してほしいと頼んだのだった。「先生なら金で口封じをする必要性のない、本当に信頼できる人を紹介してくれると思うから」と。

 

「私とあの男の子供?」

ドミニクは苦く微笑んだ。

「冗談でしょ。あの男はもう駄目なのよ。ただね、この10年自分が何をしてきたのかを、見届けたいだけ。一度は本気だったんだしね」

「ドミニク、困っているのではないの? 何か、私にできることがある?」

「ないわ、何も聞かないで。ただお別れをしたかっただけなのよ。さようなら、先生」

対話は、あっけなく終わった。暗くなったヴィジフォンの画面から青碧の瞳をめぐらせ、フョードロフ夫人は窓の外を眺めた。高層階から見下ろす夜のフェザーンは、美しい夜景に彩られている。遠くに、休むことなく運行を続ける軌道エレベーターが天上へと続く階段のように輝いていた。

 

25年前、クラヴィウスと別れ、娘を手放してフェザーンに戻ってきた彼女は、子爵家から渡された金を元手に、フェザーンの下町で音楽教室を開いた。子供たちに歌と踊りを教える小さな教室だ。子供たちとともに過ごす時間は、娘と別れた彼女にとって、悲しくも慰めを得られるものであった。

教室がいくらか軌道に乗ってきた頃のことだ。夕方になると、毎日のように、窓枠に手をかけて室内をじっとのぞきこむ女の子がいることに気が付いた。中の様子を、瞬きもせずに見ている。

「音楽が好き?」

ある日そう話しかけた彼女に、その子は薄汚れた顔をこくんと上下させた。

女の子は、教室から通りを数本入った裏町に住んでいた。名をドミニク・サンピエールという。娼婦家業の母親が商売をする間、一部屋しかない家から出され、あてもなく街をうろつくのが常だった。そんなときに、この教室を見つけたのだ。教室の先生はとてもきれいな人で、優しい声で歌をうたった。幼いドミニクには、本物の天使ではないかと思えたほどだ。

先生が声をかけてくれてから、ドミニクは、他の生徒たちがレッスンを受けるあいだ、教室の奥の部屋に隠れて一緒に歌ったり踊ったりすることを許された。他の子供が帰ったあと、個人的にレッスンをしてもらえることもあった。二人だけの秘密である。

ドミニクが10歳のとき、先生は富豪に見初められてヒョードロフ夫人となった。教室はなくなったものの、先生のつてと彼女の実力とで、奨学金で音楽教育を受けられる学校に入学することができた。そこから、女優、歌手、ダンサーとしての、ドミニクのキャリアがはじまったのだ。ドミニクにとってフランツィースカ・フォンヴィージナは、新しい世界の窓を開いてくれた人であった。

 

高層階の窓から、ヒョードロフ夫人はかつて自身が暮らした下町を探した。ドミニクがルビンスキーと親しくなったことは知っていた。それぞれの愛する男が対立関係にあったとしてとも、二人の間に流れる、師弟の情というべきものが変わることはなく、時折こうして連絡を取り合うこともやめなかった。それがもう、最後になるというのか。夫人はまた、娘を失ったような気持ちになった。

軍務尚書はルビンスキーを探しているはずた。ドミニクから連絡を受けたと、彼に知らせるべきだろうか。もし知らせたら、あの子はどうなるのだろう。

 

それから数日後、オーベルシュタインに宛てたオペレッタの招待に対し、丁寧な断りの手紙が届いた。美しい色のインクで、少し傾斜のきつい文字がつづられている。軍務尚書の自筆であろうと思われた。

帝国銀行ライヒスバンクを通じて、彼女の主宰する戦災孤児支援団体に匿名の寄附があったのは、それからしばらく後のことである。

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