Unter dem Siegel der Verschwiegenheit (5)

新帝国暦4月25日

4月17日の深夜に発生したラグプール刑務所の暴動事件に関し、オーベルシュタインは皇帝から叱責をこうむった。ラグプールに収監した政治犯らは、イゼルローン占拠軍との交渉材料とするはずであったが、今般の暴動により、帝国は結果として、自ら手を下さずして銀河帝国の憂患となりうる多数の人々を葬り去ることとなった。

その皇帝の臨御をひかえ、ハイネセンは高揚している。皇帝がこの事態をおさめてくれるだろう、というひそやかな期待が、市民の胸にはあるのだ。専制君主制というあり方に対する反感はあれど、ラインハルト・フォン・ローエングラムという強烈な個性は、やはり人を引き付けてやまない魅力をもっている。人の心のどこかには、常に救世主メシアを待望する思いがあるのだろう。

同時に、新領土の人々の怨嗟の声は、オーベルシュタインの一身に集中している。皇帝は不逞の臣を懲罰した名君として、名声を高めるに違いない。どちらにせよ、帝国にとって悪い結果ではなかった。

暴動の中、実質的に軍務尚書の副官をつとめていたフェルナー准将が負傷し、オーベルシュタインは多少いらいらしている。従来、フェルナーに処理を任せていた諸件が、何もかも彼のところまで上がってくるからだ。フェルナーの見舞いに行ってきた秘書官によれば、日頃ふてぶてしいあの男が、さすがに今回の失態にはしょぼくれていたらしい。

「ですが、そうご心配もいらないと思います。馴染みの酌婦への言づけを頼まれましたから」

と、シュルツは無意識にフェルナーの評価を下げるようなことを言った。

 

昼食時はできるだけ外に出るのが、オーベルシュタインの長年の習慣だ。食事自体は執務しているホテルの厨房から運ばせているが、やはり外の空気は吸いたい。穏やかな春の日がそそぐホテルの中庭で、オーベルシュタインは空を見上げた。オーディンともフェザーンとも、微妙に色合いの異なる空である。

皇帝がやってくる。また、戦闘が繰り広げられる。無数の死が積み上がる。

オーベルシュタインは最も犠牲の少ない方法で事態をおさめたかった。死は、より多くの幸福に貢献してこそ、価値があるはずだ。戦争は大義のもとに遂行される。しかし大義などというのは、如何様にも定めることができのものである。そのような言葉を頼りに将兵を死地へ送るならば、結果として得られるものと死者の数とには、バランスが取れているべきだ。等式にならぬ計算式は、美しくない。 計算式の片側にだけ死者の数が積みあがって行くことが彼には耐えられない。

ビッテンフェルトと鋭く対立することになった要因もここにある。あの猛将の前で皇帝を批判してみせたのは、自身の策を邪魔させぬためでもあったが、同時にオーベルシュタインの本心であったことにも間違いなかった。

「ポール!」

オーベルシュタインは思わず振り向いた。足元に子犬が走り寄ってきて、彼のズボンにまとわりつく。鳶色の毛に巻尾を持つ、帝国本土ではあまり見ない種類の犬である。不覚にも子犬の接近を許した護衛官は、あるものは犬に銃口を向け、あるものは犬を追ってきた少女を威嚇した。少女は4、5歳くらいに見えた。やはり帝国本土では見ることの少ない真っ黒な髪をおさげに結っている。

「犬を迎えに来たのであろう」

護衛官による誰何と略式の身体検査を経て、少女は軍務尚書に近づくことを許された。恐ろしいのだろう。犬のあごをさするオーベルシュタインを不安げな瞳でまっすぐに見つめ、小さな声で話しかけた。

「小父さんは犬が好きなの?」

「そうだな。…これは、何という犬かな?」

「ポールよ」

オーベルシュタインは犬の種類を聞いたのであるが、少女は犬の名を答えた。

「ポールか。私と同じ名だ」

「そうなの? ステキ」

少女は初めてニコリと笑った。同じ名だが、彼らの発音で聞くとまた違う印象である。

「ポールはね、パパからのお誕生日プレゼントなのよ」

「父上から」

「ええ、パパはハイネセン記念大学の先生なんだけど、早くおうちに帰れるように、ママと一緒にお願いに来たの」

「そうか」

母娘は軍務省へ陳情に来たのだ。オーベルシュタインは子犬を抱いて去っていく少女の背中を目で追った。暴動による死者の名簿に、少女の父の名があるかもしれない。だが、そのことに思い当たっても、彼の鉄の精神が揺らぐことはない。

揺らいではならないのだ。

 

4月29日、軍務省は前フェザーン自治領主にして国事犯アドリアン・ルビンスキーの拘禁を発表した。全宇宙のカルテと実際の患者とを照合するという、想像を絶する作業の果てに、ようやく得られた成果であった。

ルビンスキーは、生命の終わりを迎えつつあった。

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