Pre-Episode -1
    プレエピソード-1

銀河帝国の首都・オーディン。

最終の路面電車を降りた男は、吸いこまれるように下町の暗がりへと入って行った。深夜の細い路地を肩を落としてよろよろと歩いて行く。だらだらと下る石畳の両側は、いずれも3階建ての長屋造りで、一様に古く、角度をそろえて川のほうへかしでいる。

「おか、しいな……」

酒精を帯びた白い息とともに、呂律の回らない言葉が男の口から吐き出された。いつの間にか表通りの街灯が届かなくなって、闇の成分が男の周囲を浸食していた。細く明かりの漏れる窓の一つで赤子が激しく泣き、続いてそれを怒鳴りつける太い声が響いた。

「どこ…だった、かな……」

男は軸の定まらぬ体を揺らしながら、ふらふらと路地を下り続けた。剥がれた石畳にできた油の浮いた水たまりを、避けようともしない。

 

「おい、相棒」

角の酒場から路地を眺めていた若い男が、袖口でガラス窓をぬぐい、あごをしゃくった。

水滴の垂れるガラスの向こう、明滅を繰り返す電子看板の中に壮年の男が見える。男は辻の中央で立ち止まり、よろめきながら体を一回転させると、また川のほうへ向かって歩きはじめた。

上等な装いである。フェルトの帽子、皮の手袋、分厚い生地で仕立てられた外套。胸元からは青い宝石で止められたクラバットがのぞいている。

どうやら今夜はついているようだ、と、二人の若者は無言のうちに互いの認識を確認しあった。

 

湿度の高い空気が周囲を白くけぶらせている。川岸に打ち寄せる波の音がかすかに路地にこだまする。

「旦那、どこかお探しですかい?」

「俺たちが案内しますぜ?」

川沿いの木造倉庫の影から、親切ごかしの声がかけられた。

「うん…、私は、どこで、間違ったのだろうね……」

焦点の合わぬ目が、かしいだ家並を見回した。

若い男たちはすばやく視線を交わすと、両脇から男を抱えて暗闇に消えた。

 

それから数分も経たぬ間に、大きな水音をともなって川面に同心円の輪が形成された。だが、周囲にそれを異変としてとらえた者はいなかった。川は何事もなかったかのように、またすぐにもとの流れを取り戻した。

 

――フランツィスカ……!

 

大量の水に取り囲まれながら、男は、青碧の瞳を想った。

 

翌日、朝霧にけぶるエルベ川で水死体が発見された。その遺体が帝国貴族、シュテファン・フォン・クラヴィウス子爵のものと確認されたのは、夕霧が川面を満たし始めた頃であった。

帝国暦472年2月18日のことである。

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